2017年3月3日に発売した「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」の販売が好調で、18年3月期の売上高予想を1兆200億円に上方修正した任天堂。スマートフォン向けゲームなどの影響で近年は不振が続いていたが、今期は9年ぶりの増収を見込んでいる。
スイッチは、すでに全世界での販売台数が目標の1400万台を上回り、19年3月期には2000万台を目指すという。任天堂の株価も上昇しており、17年末の時価総額は5兆8353億円と、東京証券取引所第1部市場で前年の31位から13位に躍進した。
絶好調の任天堂の次の試金石とされるのが、4月20日に国内での販売が始まる「Nintendo Labo(ニンテンドーラボ)」だ。
スイッチと段ボールを組み合わせる“変化球”
ラボは、スイッチと段ボール工作を組み合わせたハイブリッドゲームで、「つくる」「あそぶ」「わかる」をコンセプトに掲げている。ソフトに同梱された段ボールを組み立て、スイッチのコントローラーのボタンやセンサーなどと連動させて遊ぶ仕組みだ。
たとえば、「Nintendo Labo Toy-Con01:バラエティキット」(7538円/税込み、以下同)では「リモコンカー」「釣り竿」「バイク」「おうち」「ピアノ」の5種の遊びを楽しむことができ、「Nintendo Labo Toy-Con 02:ロボットキット」(8618円)では、組み立てた段ボールを身に付けてロボットを動かすことができるという。
ライバル機である「PlayStation4」用に登場した「PlayStation VR」といったハイテク機器と比較しても、アナログに回帰するかのごとく段ボールを用いるラボは、かなりの“変化球”といっていいだろう。
果たして、ラボはヒットするのか。任天堂の意気込みはいかに。開発の経緯などについて任天堂に取材を申し込んだが、残念ながら断られてしまった。そこで、ゲーム業界に精通するフリーライターで『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)の著者である多根清史氏に話を聞いた。
「ファミコン世代」の親を取り込む戦略?
まず、ラボを発売する任天堂の狙いはどこにあるのか。
「その前に、ラボに欠かせないスイッチの話をしておきましょう。スイッチが登場した17年に発売されたソフトは、『ゼルダ』(『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』)や『マリオ』(『スーパーマリオ オデッセイ』)、『スプラトゥーン』(『スプラトゥーン2』)といった人気シリーズの最新作でした。任天堂のなかでも、主力となるタイトルを集中させたのです。その結果、離れていたファンを呼び戻すことに成功し、スイッチは驚異的なスピードで1000万台を突破しました。
しかし、ゲーム専用機を購入してくれるようなユーザーのパイには限界があり、それだけの数字が出てしまうと販売台数の壁が見えてきて、すぐに頭打ちになってしまう。そこで、その状況を打破するために開発されたのがラボなのです。
任天堂は、過去に児童誌と提携するなど、『子どもを持つ親御さんとの関係性をより良くしよう』と取り組んできました。しかし、それでもいまだに『ゲームは遊びであって、教育においては時間の無駄』『勉強の時間を奪うもの』といった捉え方もあります。そういった状況を変えるべく、ラボは子どもを強く意識した仕様になっています。さらに、『知育玩具』を前面に押し出すことで『親を味方につけよう』と試みているのではないでしょうか」(多根氏)
親を取り込むことで「子どもたちにも任天堂のファンになってもらおう」という戦略が見え隠れする、というわけだ。
「親御さん世代の30~40代は『ファミコン世代』といわれており、子どもの頃からゲーム機に触れてきた世代です。とはいえ、今の時代はゲームもスマホで事足りてしまうことが多いため、ゲーム機に触れたことすらない子どもも増えています。任天堂からすれば、それは将来的には任天堂を知らない層が増えるという危惧にもつながるため、ラボで『教育にも役に立つ』という面を押し出しているのだと思います」(同)
知育を提案するラボにより、自社の信頼獲得はもちろん、ゲームに対する偏見も払拭できるかもしれない……任天堂にとっては、まさに一石二鳥といえる。
「ターゲットは親と子の2世代。まだゲームがよくわからないような小さな子どもと、その親御さんでしょう。もちろん、幼児や小学校低学年の子どもはお金を持っていませんから、実質的には親御さんの購買意欲を湧かせることを狙った商品といえます。また、子どもや大人に限らず、従来のゲームにまったく縁や関心のなかった人たちも取り込もうとしているのではないでしょうか」(同)
ラボはユーチューバーとの親和性が高い?
では、発売前の時点で消費者の反応はどうなのだろうか。
「特にネットユーザーの間では、従来の“ゲーム”の範疇から外れたものには批判的な意見がつきものでした。しかし、ラボに関しては好意的な反応が多く、ネガティブな意見はほとんどないように思います。一見、ラボは子ども向けと思われがちですが、だからといって子どもだましのようなものではないということが、きちんと伝わっているからではないでしょうか。
現時点で発表されている一例を見ると、ピアノや釣り竿、ハンドルやドールハウスなど、方向性はバラバラです。しかし、裏を返せば『アイデア次第でなんでもできる』『応用範囲がとてつもなく広い』ということでもあるでしょう。これが、子どもだけでなくコアなゲームユーザーの心をくすぐる要素になっているのだと思います」(同)
また、スマホやタブレット端末の普及により、子どももネットで手軽に動画を楽しめる時代だからこそ、こんな見方も浮上しているという。
「『ラボはユーチューバーの動画に使われやすいのでは』という話も出ています。基本的に、従来のゲームでは主にプレイ画面しか映すことができませんが、ラボであれば同じ画面の中にゲームとユーチューバー本人の両方が映ることができます。また、ゲームに加えて段ボール工作の要素もあるわけですから、ユーチューバーの身振り手振りや演技次第でおもしろさが倍増するのではないでしょうか。
それに、任天堂は動画配信サイトとも提携しているので、子どもたちがどれだけネット動画を見ているかは把握しているはずです。仮にユーチューバーを味方につけることができれば、かなりの宣伝効果が期待できるでしょう」(同)
インフルエンサーとして絶大な力を持つユーチューバーがラボで遊ぶ動画を投稿すれば、これ以上ない効果的なプロモーションになるはずだ。画面の中だけにとらわれないラボであれば、“動画映え”することも間違いないだろう。
あえて“画面”を飛び出して勝負する任天堂
では、任天堂はなぜ今、ゲームの画面を飛び出したのか。
「実は、スイッチはプレステ4やXbox Oneといった他メーカーのハードと比べて、スペックはさほど高くありません。今後は基本的なスペック面で時代遅れになることは避けられないため、『このまま画面の中だけで勝負していくと不利になる一方だ』と考えたのではないでしょうか。そして、画面の外に出ようと“土俵”を拡張したのだと思います。
もともと、任天堂は花札やボードゲームをつくっていた“おもちゃ屋”でした。おそらく、他社のゲーム機と比べてハード面の性能が弱いことは自覚しつつ、“おもちゃ屋”としては他社に負けない自信を持っている。そこで、ソニーやマイクロソフトにハードのスペックで真正面から立ち向かうのではなく、任天堂が培ってきたおもちゃづくりのノウハウを取り入れて勝負に出たのだと思います」(同)
最後に、ラボの発売は任天堂のさらなる飛躍につながるのだろうか。
「ラボ発売の影響で、スイッチの売れ行きがさらに加速する可能性があります。ラボで使う段ボールは任天堂でしか生産されないため、サードパーティーのメーカーが直接的に潤うことはありませんが、ラボでスイッチの好調に拍車がかかるため、スイッチ市場がさらに拡大していくはず。そうなれば、さまざまなメーカーがサードパーティーとしてスイッチ市場に参入しやすくなるでしょう。
また、それがスマホゲームやソーシャルゲームの開発者が家庭用ゲームの開発に戻るきっかけになるなど、広い意味でゲーム業界全体に影響を与えることになるかもしれません」(同)
任天堂が再びゲーム業界に革命を起こす――ラボには、そんな可能性が秘められているのかもしれない。
(文=A4studio)