トヨタ自動車の主力車種である「プリウス」の現行モデル(4代目)が2015年12月に発売されてから、そろそろ約3年の月日が経とうとしている。日本自動車販売協会連合会が発表している8月の「乗用車ブランド通称名別順位」で、プリウスは7471台を売り上げており、4位にランクインした。
1位は日産の「ノート」に譲ったが、2位から5位までは「アクア」「カローラ」「ヴィッツ」、そしてプリウスというトヨタ車が独占。国内の自動車業界において、トヨタが不動の地位を確立していることがわかるだろう。
しかし2017年以降、プリウスの売上は、前年比を割り続けている。2009年5月の発売から20カ月ものあいだ、前述のランキングで首位の座を譲ることはなかった3代目プリウスに比べると、その成績は物足りないのではないだろうか。
1997年に初代プリウスが登場した際、世界初の量産型ハイブリッドカーということで脚光を浴びたのも、今は昔の話。現代ではハイブリッドカー、ならびにエコカーは多様化してきており、それこそ8月にトヨタ車から首位を奪い返した日産のノートには「e-POWER」という電気自動車技術が採用されている。もはやトヨタ車だけが先進的という状況ではなく、こうしたプリウスの低迷を、“トヨタ凋落の始まり”と見なす向きもあるのだ。
さらにいえば、プリウスはアメリカでの売上も芳しくない。アメリカのエコカー市場では、テスラの電気自動車「モデルS」などが存在感を示すなか、プリウスの昨年の販売台数は10万8661台だった。13万6632台を売り上げた2016年から20.5%減という、厳しい結果に終わっている。
トヨタの勢いはこのまま衰え、“王者”から陥落するのだろうか。国内外の自動車事情に詳しいモータージャーナリストの伊達軍曹氏に、プリウス低迷の真相、そしてトヨタの未来を占ってもらった。
プリウス低迷は杞憂も、デザイン性に改善の余地あり
「私からすると、ここ最近のプリウスの売上とトヨタの低迷を結びつけることには疑問があります。当該のランキングですと、プリウスは今年の上半期、6カ月連続でベスト3にランクインしていました。最も販売台数が多かったのは3月の1万5688台で、一番少なかった4月でも8382台を売り上げており、上半期の月間平均販売台数は約1万670台となります。
下半期に入ってからは、7月の販売台数が9793台でランキング5位、8月が7471台で4位。それまでの平均や順位を下回っていることは確かですが、そもそも販売台数には、月々で必ずブレが生じるものです。競合他社の動きや、各ディーラーの販売政策にも左右されますし、プリウスの場合はモデルチェンジからの経過年数も要因となってくるでしょう。
つまり、販売台数の増減に伴ってランキングもばらつくのが自然なのですが、それでもプリウスは安定して上位に名を連ねています。プリウスやトヨタが低迷しているという指摘があったとしても、鵜呑みにはできません」(伊達氏)
プリウスの売上が振るわなくなってきているのは、一時的な現象だと考えていいということか。そうはいっても、プリウスをはじめとするトヨタ車には、さらなる改善の余地があるのだと伊達氏は続ける。
「トヨタは近年、プリウスや『レクサス』といった車種からも見て取れるように、凝ったデザインの車をつくろうと努力はしているものの、あまり成功できていない印象を受けています。
私が一人の車好きとしてトヨタに期待しているのは、デザイン性やエンジンのパンチ力、さらには走りの爽快さを兼ね備えた“エモーショナルな車”です。トヨタが生み出す車はよくできているのですが、逆にいえばよくでき過ぎている。必要以上にまとまってしまっており、車好きの琴線には触れにくいのではないでしょうか。
昨今ささやかれている“若者の車離れ”とはまた別の問題ですが、車に対する夢や希望を失ってしまい、『車は動きさえすればなんでもいい』なんて風潮があるのは、世界でも日本くらいのものです。新興国や、長い歴史を持つヨーロッパの車市場などでは、まさにエモーショナルな要素が求められており、トヨタもそこを尖らせていけば、国内だけではなく国外でもプラスの効果をもたらせるかもしれません」(同)
トヨタはやがて、世界3~5番手の自動車企業に落ち着く?
伊達氏いわく、国内で圧倒的な売上を誇るトヨタ車にも、デザイン面においてまだまだ伸びしろがあるようだ。4代目プリウスに関しては実際、トヨタの豊田章男社長も「カッコ悪い」という感想をインタビューで語っている。
では具体的に、トヨタはどのような車種を見習えばいいのだろうか。
「比較対象に挙げるなら、今年7月に20年ぶりのフルモデルチェンジが実施されて話題となった、スズキの『ジムニーシエラ』でしょうか。オフロード向けの車で、以前から定評があったものの、フルモデルチェンジ前はデザイン的に特に突き抜けた部分がありませんでした。
ところが、今回のフルモデルチェンジでデザインを刷新し、機能を突き詰めた結果、シンプルな形でありながらもオシャレな車に生まれ変わっています。これまでのジムニーシエラは、変に色気を出そうとして空回っている感もあったのですが、今では納車1年待ちという爆発的な人気を博しているのです。
デザインというものに正解はないにせよ、トヨタもデザインの訴求力だけで納車1年待ちになるほどの車を生み出せれば、日本でもグローバルでも、今後さらに成長していけるのではないでしょうか」(同)
最後に、この先トヨタが目指すべき未来と、現状の課題について尋ねた。
「未来のことはわかりませんが、私の理想をいえば、トヨタには世界でナンバーワン、もしくはナンバーツーの自動車企業であってほしいですね。とはいえ競合も手強いですし、自動車分野に限らず、アップルやグーグルといった大企業を擁するアメリカを抜いて日本が世界のトップに立つというのは、現実的に難しいでしょう。
ですから近い将来、せめてスウェーデンやフランスのような中堅どころの国々と並ぶポジションに落ち着いてくれたらと思います。もちろんナンバーワンを目指してほしいのですが、トヨタの場合は“エクセレント”とはいえないまでも、世界で3番手から5番手くらいの“ナイス”なカンパニーであり続けてほしい。
そのためにトヨタに求められるのは、“初心に返る”ということではないでしょうか。私も仕事柄、よくトヨタの方と話す機会がありますが、彼らからは並々ならぬ自社愛の強さが伝わってきます。また、それと同時に、『我らこそが日本の工業の代表である』というプライドの高さを感じることも多々あるのです。
トヨタという企業、そして従業員の方々が素晴らしい実績の持ち主であることは間違いありません。だからこそトヨタには、敵や競合の勢いや存在を潔く認め、謙虚な姿勢で挑んでいくことが重要だと私は考えています。客観性を失えば、下手を打ってしまう危険性も高くなりますからね」(同)
この夏、トヨタはネット配車サービス「Uber」に5億ドルを出資すると明らかにした。ほかには、世界最大の市場である中国での生産台数を拡充するとも報じられており、やはりトヨタは何かと話題が多い。積み上げたプライドに固執せず、慎重に歩みを進めていきさえすれば、その権威が失墜する心配はなさそうだ。
(文=A4studio)