『アナ雪』ヒットに隠された商品力とマーケ戦略 ヒット映画3作の共通点とは?
今年、好調の映画3作
今年、日本の映画シーンはメガヒット作品に沸いている。3月14日に公開されたディズニー映画『アナと雪の女王』は、興行収入250億円を突破し(7月22日時点)、01年にジブリ映画『千と千尋の神隠し』で記録して以来の250億円超えである。
続いて7月5日に公開された、これまたディズニー作品でアンジェリーナ・ジョリー主演の『マレフィセント』は公開2日間で興行収入6.91億円を突破し、同記録1位だった『アナと雪の女王』を抜いた。
そして、ジブリ映画の『思い出のマーニー』。7月19日に公開され、9日間で興行収入10億円突破は、やはり「さすが」の人気ぶりだ。
ヒットの陰にある奇妙な3つの共通点
さて、これらヒット映画3作をマーケッターとして観察してみると、興味深い共通点がある。
(1)児童作品がベース
『アナと雪の女王』はアンデルセンの童話『雪の女王』を、『マレフィセント』はヨーロッパの古い民話『眠れる森の美女』を、そして『思い出のマーニー』はイギリスの同名の児童文学先品をそれぞれベースにしている。
よく知られている童話や児童作品は、ベースとなる作品自体に力がある。童話は「善と悪」や「真実の愛」などがわかりやすく設定されているので、見る人は「スムーズに」作品を理解できる利点がある。それをうまく取り込んでいるのが3作品だ。逆にいうと、わかりやすいストーリーを人が求めている時代なのかもしれない。
(2)描いているのは「2人の女性」
『アナと雪の女王』はアナとエルサという姉妹、『マレフィセント』は邪悪な魔女マレフィセントとオーロラ姫、『思い出のマーニー』は杏奈とマーニーという2人の少女が物語の中心。
女性2人を描く場合、一方を善、他方を悪などとわかりやすく設定しがちだが、これら3作品はそうではない。単純にどちらかが悪いわけでもない。そのあたりが新しいなと思える。
いずれにせよ「葛藤してきた女性の成長」(エルサ、マレフィセント、杏奈)が1つの大きなテーマになっているので、男性の観客は肌感覚で理解しにくい部分があるかもしれない。
(3)テーマは「真実の愛」「赦し」
自分の能力を「恐れ」てきたエルサが、姉妹の絆(愛)に気づき、「ありのままの姿を見せる」=「自分を赦す」ことがテーマの『アナと雪の女王』。ロマンティックなおとぎ話を、邪悪なマレフィセントの視点から描き、「真実の愛」をテーマとしている『マレフィセント』。そして『思い出のマーニー』では心を閉ざした少女、杏奈は思いがけない「愛」に包まれる。
「愛されること」「自分を赦すこと」が共通のテーマ、となると、現代人が抱える「孤独」が裏にあることが見えてくる。
こうして3作の共通点が見えると、人が求めているものが見えてくるからおもしろい。
商品としての映画──ディズニーの戦略、ジブリの思惑
映画を1商品として考えるのが、われわれマーケッターの思考法である。
モノやサービスを市場に投入する際、そのネーミングは大事だと日頃から筆者は力説している。「覚えやすい」「口をついて出やすい」というのは、ヒットの大原則である。そういった意味では、英語原題の『Frozen(フローズン)』を『アナと雪の女王』として、『アナ雪』と略称されるようにしているネーミングはうまい。『Frozen』では、日本人には具体的イメージが湧かない。
歌手として活躍している松たか子と神田沙也加を声優として起用しているのもうまい。主題歌の『Let It Go~ありのままで』は松たか子とMay J.の“ダブル主題歌”で話題をつくり、無料動画共有サイト「YouTube」で字幕つきで公開し、完全に「プッシュ戦略」で認知度を上げ、全方位的に話題づくりを徹底した。
周囲の半数が「観る(買う、使う)」と、「わたしも観なきゃ(買わなきゃ、使わなきゃ)」という群集心理が働く。とくに日本はその傾向が強い。この雰囲気をつくり上げたディズニーの広報戦略は「さすが!」だと思う。
『アナと雪の女王』『マレフィセント』は映像美も圧倒的に優れている。観客は“ディズニーの戦略的芸術”を観るために映画館まで足を運ぶ。その映像美は、ディズニーとしては絶対に守らなければいけない「バリュー」である。
他方、「脱・宮崎駿路線」を打ち立てていきたいであろうジブリだが、どこか懐かしいタッチの絵は、新しいジブリ、というよりは逆に「古さ」を感じた。アニメーションの醍醐味は「(画面の)動き」にあると思うが、『思い出のマーニー』は絵本を見ているような感覚で、アニメの魅力は低かった。『千と千尋の神隠し』では躍動感があり、3D感が出ていたのに……と思う。このあたりは好みだが、アニメーション映画の「商品としての特性」=「動き」が軽視されたことは、やはり残念だ。
宮崎駿監督の引退後の作品は必ず「宮崎作品」と比べられることは必至だが、どうせなら、誰も予想していない「えっ、これがジブリなの?」と思えるくらいの「新しい作品」を見てみたい、と思う。挑戦せずに守りに入った商品は必ず失敗する、というのが筆者の持論である。
やはりマーケティングで一番大事なのは……
マーケティングでは商品コンセプトが一番のキモとなる。ジブリは、日本人が共感する「原風景」を漂わせるところにポジショニングの優位性があると思うが、今回の『思い出のマーニー』は外国作品感が強く出ていて、自らのストレングス(強み)を殺してしまっている。外国の雰囲気を出しているのに、どこか「日本人に共通する懐かしさ」を出そうともしている映像が、結局どっちつかずの中途半端な印象を与えてしまっているのではないだろうか。
日本の祭りが描かれているかと思えば、イギリスのパーティーが出てきたりと、世界観が統一されていなくて、作品に入り込めない感じも残念だった。「脱・宮崎駿」というジブリの思惑はどこか迷走している。中心となるブランドマネジャー的な人が不在なのではないか、とマーケッターとしては不安になった。
やはり「コンセプト」をしっかりつくって徹底するのは、お客に届けるときには外せない(ちなみに筆者はこれを「ブランド憲法」と呼んでいるが、これについては別の回で詳しく解説したい)。
そういう点では、ディズニー作品はしっかりつくり込まれていたと感じた。商品コンセプトを明確にし、コンセプトに応じた戦略を遂行していくことは、成否を分けるうえで重要なカギを握る。 マーケティング戦略を立てる際には、今回映画3作品で見てきたような自社の強み、バリューを明確にしたうえで適切なコンセプトに落とし込み、戦略を立てることがポイントだ。
(文=山本康博/ビジネス・バリュー・クリエイションズ代表取締役)