連日、阪神甲子園球場にて熱戦が繰り広げられている第96回全国高校野球選手権大会。話題に事欠かないこの夏の甲子園において、特に今年議論が集中しているのは、南北海道代表の東海大学付属第四高等学校の西嶋亮太投手が投じた超スローカーブの是非についてだ。
元フジテレビアナウンサー・岩佐徹氏がツイッターで、西嶋投手の超スローカーブについて「東海大四のピッチャーのスローカーブ…ダメとは言わないが、少なくとも、投球術とは呼びたくない。意地でも。こういうことやってると、世の中をなめた少年になって行きそうな気がするが。ハハハ」と発言した。
この発言を受けて、岩佐氏を批判する意見が殺到し、インターネット上でも議論が紛糾した。岩佐氏の発言を肯定する意見も少数あったが、大多数は西嶋投手を擁護する立場だ。
米メジャーリーグ・テキサスレンジャーズのダルビッシュ有投手が、ツイッターでいち早く「スローボールかスローカーブが投球術ではないという話があると聞きました。自分としては一番難しい球だと思ってます。言ってる人はピッチャーやったことないんだろうなと思います」と、暗に岩佐氏を批判したことで、岩佐氏を攻撃するコメントは激しさを増した。
後に岩佐氏はコメントを削除し、自身のブログ上で謝罪するに至った。
しかし、その後もこの話題は熱を保っている。阪神タイガースの藤浪晋太郎投手や横浜DeNAベイスターズの三浦大輔投手など、プロ野球選手も続々とコメントを発表しているが、それは一様に「スローカーブを投げるには高い技術を要し、それを批判することはおかしい」といった意見だ。しかも投手だけではなく、打者側からも否定的な意見はほとんど聞こえてこない。
プロ野球でスローカーブを投げる現役投手としては、三浦投手のほか、北海道日本ハムファイターズの多田野数人投手、読売ジャイアンツの杉内俊哉投手が有名だが、極めて少ない。
ところで、ダルビッシュ投手が「一番難しい球」と語っているが、野球経験がある人のほとんどは、最初に覚える変化球といえばカーブのはずだ。つまり、多くの人が投げられるはずのスローカーブを投げるのが難しいというのは、なぜなのだろうか?
スローカーブを投げるのは、なぜ難しい?複数のプロ野球の投手の意見を分析すると、スローカーブを投げるのが困難である要因は主に3つあるようだ。小学校から大学まで投手を務め、甲子園出場経験もある元球児に説明してもらった。
第1に、山なりの球はストライクを取りにくいという点がある。
「投手から見て、ストライクゾーンは18.44m先に立ててある小さな板のようなもので、そこに山なりのボールを当てるというのは極めて難しいのです。まっすぐに板に向けて投げるほうが簡単に当てられるのは明らかです。つまり、ボールになる可能性が高いことを承知の上で投げる球で、バッターとの心理戦を有利に進めるための一つの武器として使っているといえます」
第2に、精神的な難しさがある。
「速い球で相手をねじ伏せる、大きく曲がる変化球で空振りを奪う、または直球に見せて小さく変化する球で打ち損じさせる、というのがピッチャーの楽しみの一つです。ピッチャー心理としては、バッターがじっくり見やすい遅い球を投げるというのは、大変な勇気がいります。例えば、サッカーにおいて、ペナルティーキック(PK)で決定率が最も高いのは真ん中だといわれますが、ゴールキーパーが立っているところに蹴るのは、勇気が必要なことと似ています。西嶋投手は、観客を味方につける意図もあったと発言していますが、甲子園の大舞台で、そんな大胆なことができるという精神力に驚きます」
最後に、スローカーブを投げた直後の球のコントロールをつけにくいという点だ。
「遅い球と速い球では、リリースポイント(ボールを手から放す位置)が違います。速い球を投げる時は前のほうで、遅い球は上のほうでリリースします。そのずれは球速に差があるほど大きくなります。変化球を何球も続けた後に直球を投げようとすると、リリースポイントが早くなりがちで、結果として高めに浮きやすいのです」
こうして見ると、あらためて西嶋投手の技術と精神面の強さが浮き彫りになる。世間で話題となった後も、1試合に1球ずつスローカーブを使うなど、自分のペースで冷静な投球を披露した西嶋投手は、騒動を「気にしていない」と語り、今後もスローカーブを投げ続けていくようだ。
(文=マサミヤ)