「月額わずか5000円で、毎日25分の受講が可能」
「2007年の創業からわずか5年で累計会員数が15万人を突破」
「講師は約3000人から自由に選択。共通の趣味や専門知識の話題で盛り上がることも」
格安のオンライン英会話レッスンを提供するレアジョブ。中学・高校の同級生2人が立ち上げたこの企業は、英会話スクール業界の異端児として、急成長を続けている。
そんな同社の中村岳代表取締役・最高執行責任者(COO)に、
「急成長、人気の秘訣とは?」
「起業から現在に至るまで、どのような苦労を乗り越えてきたのか?」
「今後の戦略とは?」
などについて聞いた。
–加藤智久社長とは、中学・高校時代の同級生だそうですね。お2人とも当時から起業したいという夢をお持ちだったのですか?
中村岳代表取締役(以下、中村) 加藤とは長年クラスが同じで、まさに親友と呼べる間柄です。彼は、早い段階から起業への意欲を高めていました。大学時代に至っては、1年間の休学期間をベンチャー企業での勤務に充てるという経験もしています。一方私は、起業そのものへのこだわりよりも、「今までにない画期的なサービスをつくって世の中に広めたい」という思いのほうが強くありました。インターネットの普及により、今後は個と個をつなぐようなサービスが求められる時代が来ると考えていたので、モバイルを使ったインターネットサービスをつくる仕事に携わりたいと思っていました。これが、私がNTTドコモに入社した動機です。
–そういうお2人が起業されたきっかけは何ですか?
中村 NTTドコモの研究員として籍を置く一方、プライベートでは起業、経営やサービスの立ち上げに関する勉強を続けていました。加藤とは常々、お互いの夢を実現させるために一緒に何かできないかという話をしていました。実現に至らないまま終わるものが大半でしたが、実際に試してみたものもあります。『スカイプ中国語会話レッスン』がそうです。これは、ごくシンプルな発想で生まれたサービスでした。身近にいる中国人の友人が、スカイプで中国に住む友人や家族と話をしている姿を目の当たりにし、「スカイプを使って日本人に中国語を教える」というサービスを思いついたのです。
ただ、これは期待したほどニーズがなく、ビジネスとしてはうまくいきませんでした。反省も含めてこの悔しさをバネにしようと、自分たちがつくったこの中国語サービスを色々な人に評価してもらったのです。その中で、「英語のサービスなら利用したい」という意見が予想以上に多く寄せられて、英語サービスの立ち上げに強い興味を持つようになりました。これが、現在のレアジョブの英会話サービスの原型となっています。
–そのサービスが、それまで日本になかったサービスだったわけですね。
中村 当時、英会話を勉強しようと思ったら、英会話スクールに通うというのが一般的でした。週に1~2回のグループレッスンで、授業料は月に数万円はかかっていました。これでは継続するのが難しいし、継続できなければ英会話の上達は遠ざかります。そこで、「ユーザーが好きな時間に、好きな場所でレッスンを受けられるサービスを安価に提供できれば、英会話の市場は拡大するのでは」というアイディアが浮かびました。早速市場調査をしてみたところ、そのような利便性を実現できている英会話スクールは存在していませんでした。このサービスが実現できれば「英会話という市場にイノベーションを起こすことができるのではないか?」と思ったのです。
–講師は、どのような方がされているのですか?
中村 お客様の満足度は、講師の数と質が大きく影響します。講師の質と量の両立、それが最大の課題でした。
フィリピンの人口は9000万人を超え、英語を公用語として日常的に話す国です。当初から、十分な数を確保できる可能性は高いと考えていました。講師獲得のスタートは、今思い出しても大変大胆なものでした。加藤が「フィリピンの東大」ともいわれる国内では唯一の国立大学、フィリピン大学のキャンパスまで行き、ポスターを張る、学生に声をかけるなど地道な方法で人材を探しました。幸運なことにほどなくして信頼のおける人物と出会い、ビジネスパートナーとして、講師募集などのさまざまな仕事をお願いすることにしました。
トライアルの経験を実際のビジネスに生かす
–起業する際に、不安などはありませんでしたか?
中村 それまで勤めていた会社を辞めると収入が絶たれてしまうこともあり、確かに不安はありました。でも、「世の中に変革を起こせる可能性が目の前にある」「躊躇して何もしなかったら後で後悔する」、そういう思いのほうが強くありました。思いが勝り、最終的に起業を決断しました。
レアジョブは、可能な限りリスクを抑えてのスタートでした。業態によっては数百万円もの初期投資が必要なようですが、レアジョブの場合は、登記費用のほかには講師調達費用が挙げられるものの、当初から大きな借入金などはせずにすみました。
–加藤社長と中村さんの役割分担は、どのようにされたのですか?
中村 大きく分けると講師の調達を加藤が、生徒の募集などマーケティングを私が担当、という役割分担でした。講師の調達には、講師のトレーニングや、教材作成なども含んでいました。それ以外はお互いの得意・不得意で分けて、例えば会計やシステム開発などは私が担当していました。
–実際に起業される前に、事業のシミュレーションなどもされたのですか?
中村 トライアルはしましたよ。結果は“ノーゴー(続行不可)”でしたけれども。でもそのトライアルからいろいろなことを学ぶことができました。例えば1レッスンが50分では長いと感じる方が多いので25分に短縮するとベター、1レッスンごとの料金ではなくて、月額制にすると料金のお得感を伝えやすくなるなど。それに、サイトのデザインが重要だということもわかりました。
そういうことがわかってくると、この仕事が本当に楽しくなってきました。そして、起業してこのサービスを提供したいという思いが高まってきて、先に述べたように、「確かにリスクはいろいろあるけれども、このチャンスを逃すほうが私にとってはリスクではないか」という気持ちが強くなりました。
“撤退基準”を決める
–2007年11月にサービス提供を開始されたわけですが、最初の状況はいかがでしたか? 想定していた通り進んでいきましたか?
中村 最初は有料会員として登録してくれる生徒が1日に1~2人でしたが、比較サイトに掲載していただくとか、SEO対策に取り組んだりしているうちに、1日10人単位で増えてくるようになりました。サービス提供を開始する際に「翌年3月までに授業スケジュールの1ページ目が埋まらないようであれば撤退しよう」という撤退基準だけは決めていましたが、おかげで撤退せずに済みました。
–経営が軌道に乗ってきたと実感したのは、いつごろですか?
中村 半年から1年くらいで、ある程度の手応えを感じることができました。この事業は、入金が先で、支払いは後というビジネスモデルなので、会員が増えている限りはキャッシュを心配する必要がありません。ですので、常に会員数の伸びには気をつけていますが、おかげさまで今のところ順調に伸びています。
–現在では会員数が15万人と、急成長を遂げられていますね。
中村 SEO対策やサイトの更新、そのほかに会員を増やすために日々いろいろな努力をしていますが、会員数の推移を見ると、会員が急増している時期には、ある特徴があります。例えば、07年12月に20〜30代のビジネスパーソンを対象としたフリーペーパー「R25」(株式会社リクルート発行)に掲載された後に急増しています。この記事は、格安のオンライン英会話レッスンがあるというのを偶然発見した記者さんが、体験レッスンの様子を「R25」に掲載してくれたものなのですが、それによって「レアジョブ」という社名や「スカイプを使った格安のオンライン英会話」の存在が世に広く知れ渡るようになり、さらに信頼性も高まりました。それから、ニュース番組『ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)で紹介された時にも会員数は急増しました。
–当初から、目標会員数というのはあったのでしょうか?
中村 このサービスを設計した時から、日本の歴史を変えるようなサービスの提供ということを目指しています。そのためには少なくとも数万人という会員数が必要です。数百人しか集まらないようなサービスでは、世の中に対してインパクトを与えることもできませんし、認知してもらうことさえできません。私たちの言葉で言えば、「日本人1000万人が英語を話せるようにする」ということが目標です。
最大の強みは「講師集め」にあり?
–設立から5年たち、競合会社は現れましたか?
中村 オンライン英会話というのは、フィリピンなどに英語が話せるという知り合いが3人と、プログラムを書ける人間がいれば、あとはスカイプを使うだけなので、始めようと思えば誰でも結構簡単に始められます。でも、講師の質を維持しながら数を増やし、さらに生徒を増やしていくにはノウハウが必要になり、参入のハードルは高くなります。ビジネスモデルの特性を鑑み、講師が一定以上の規模という基準で考えると、近いステージに立つ競合は10社程度と捉えています。
–競合他社に対する御社の強みは何ですか?
中村 やはり優秀な講師を数多く抱えているということです。規模の拡大には会員数を増やすことはもちろんですが、それに応じて講師の数を増やすことが必須です。つまり、講師を増やせなければ生徒は増やせません。
講師は、フィリピン国立大学の在校生や卒業生を中心に採用しています。ただ、その中で講師になれるのは、発音や文法、さらには教える姿勢などの試験やトレーニングをした上で、ある一定の水準に達した人だけです。また、講師となってからもお客様からの評価が悪い場合には再度トレーニングを受けてもらい、最悪の場合には辞めてもらうということもあります。厳しいチェックをしながら、講師の質を常にある一定の水準に維持するように心がけています。
さらに、特定の分野における専門的な英会話レッスンも提供しています。講師には、ITや法律、薬学の有識者、あるいは話のプロフェッショナルであるラジオDJなど、専門知識を持った講師が数多くいます。例えば、IT系、さらに専門特化してプログラム言語・Javaをテーマにした英会話のレッスンを受けることも可能です。また、薬学の知識を持った講師と薬についての専門的な話をすることも可能です。
–どのようにして質の良い講師を集められているのですか?
中村 レアジョブが優秀な講師獲得に成功している最大の理由は、地域を限定せず、フィリピン全土で講師を募集できている点にあります。レアジョブの講師は特定のオフィスに出勤する必要はなく、自宅からサービスを提供することが認められています。生徒だけでなく、講師もどこにいてもいいわけです。これは、採用のターゲットが広範囲にわたるという意味で、質の高い講師を数多く集めるには大きな利点になります。コールセンター型で運営している事業者さんもいらっしゃいますし、コントロールがしやすいというメリットも確かにあります。しかしレアジョブでは、自宅など遠隔でお仕事をしてもらっても十分に講師の管理をできるノウハウを確立した上で、現在のスタイルで運営しています。
全社員のベクトルを合わせる難しさ
–順調に成長を遂げられているようですが、経営の面でご苦労されたのは、どのような面でしょうか?
中村 設立当初は、サービスをいかに安定稼働させるかということに苦労しました。そして、優秀な講師をどのように増やし、生徒数をどのように増やすか。その次には、講師ごとのクオリティーにばらつきが出ないように、どのように維持・管理していくか。サービスの面では、そういうサイクルをいかに円滑に回していくかということです。
–成長するにつれて会社が大きくなると、組織運営の面での苦労も大きくなると思いますが、いかがですか?
中村 現在、日本とフィリピンにオフィスがあり、正社員は日本が約40人、フィリピンは約100人です。そして、講師が約3000名です。そのほかに、日本・フィリピンそれぞれでアルバイトを雇っています。つまり、日本にいながら、日本とフィリピン、両方で人のマネジメントをしなければいけないわけです。そのため、日本からの指示がうまく伝わらないなど、やはり遠隔ならではのいろいろな問題が発生します。社員一人ひとりそれぞれにやりたいことがあっても、会社が目指す方向にきちんと全員のベクトルを合わせてサービスをつくっていく、そういうように全員を束ねていかなければとは思っているのですが、すごく難しさを感じますね。
–中村さんご自身、マネジメントをする際に、心構えとして気をつけていることなどはありますか?
中村 お客様に対しては当然ですが、社員やスタッフも含めて、誰に対しても誠意を持って対応することがすごく大事だと思っています。それはいつも心がけています。一方で、お金儲けのためだけに意味のないサービスを提供するというようなことは、最もしてはいけないことだと考えています。「お客様のためになるので、こういうサービスを提供します」とか、「こういうサービスに変更します」など、やることに対してすべて説明できるということが重要です。
実は去年、個人情報が漏洩してしまうという事故を起こし、サービスの提供を3週間も中止せざるを得ないという状況が発生しました。その際も、とにかくすべてのお客様に誠意を持って真摯に対応させていただきました。そして、できる限りのことをやるというスタンスで再スタートを切りました。結果的に、一時的に会員数も減り、回復までには時間はかかりましたが、対応を続けるうちに、お客様から心が温まる声援をいただけるようにもなりました。今後も、そういう姿勢を続けたいと思っています。
学力アップの“見える化”
–社員のモチベーションアップのために、何か独自の取り組みをされていますか?
中村 独自かどうかわかりませんが、“バディーランチ”という昼食会があります。これは、一般の社員が3カ月に1度、他部署のリーダークラスの人とランチをするというもので、基本的に会社が主催します。自分の直属の上司以外の人と話をするわけですが、事務所以外の場所で行うので、気兼ねなくいろいろなことを話したり聞いたりすることができます。それに、他部署のリーダークラスの誰とランチをするかの選択権は一般社員側にあるということもポイントですね。
–今後、新サービスの提供など、新たな取り組みの計画などはありますか?
中村 新メニューを追加するというよりは、現在提供しているサービスをより充実したものにしていきたいと考えています。例えば、レアジョブで英会話の勉強を始めてからどのくらい英語力が伸びたのかがきちんと“見える化”できるようにしていきたいと思っています。そして、これまでの5年間で英会話のレッスンに関するいろいろなデータを数多く蓄積することができたので、それらのデータを有効活用して、「さらに上のレベルを目指すためには、どうすればいいのか?」ということも、きちんと目に見える形で示すことができればと考えています。
すでに一部の法人のお客様に対しては、弊社独自の「スピーキングテスト」を受けてもらっています。その結果で実力を把握した上で半年間レッスンを受講いただき、再度テストを受けて、伸びを測定するというサービスを提供しています。
これにより、例えば「朝きちんとレッスンを受けている人のほうが、伸び率が高い」などということが実証できれば、上達への近道を定量的に示すことができると思います。
–あらためて振り返ってみて、これだけ短期間に急成長を遂げられた最大の要因は何だとお考えですか?
中村 やはり、手掛けるビジネスの市場選びとタイミングではないかと思います。「このビジネス領域、市場には波が来るだろう」と予測し、他社に先駆けて最初にその波に乗れたことです。もし、今から加藤と私とでオンライン英会話を始めたとしても、すでに競合のいる市場では今のレアジョブのような成長を遂げられるかどうか疑問です。つまり、可能性のある市場を見つけ、しかもそこには競合がいない、そういう波に乗れたことが最大の要因だと思っています。
(構成=編集部)