今でしょ!狂想曲に戸惑う林修先生、完璧な計算から透ける矛盾…『情熱大陸』出演!
【今回取り上げる番組】
『情熱大陸』(TBS系/5月19日放送)
一週間前の予告編から楽しみにしていた予備校講師、林修先生の回。期待通りの映像ではあった。各地に引っ張りだこの様子が面白い。教室でも、住宅展示場でも、アイドルグループ乃木坂46との取材でも「今でしょ」とお約束のポーズを決める。東大に通う学生たちは「テレビ出すぎ」と批判するが、本人はいたって冷静だった。
「ちゃらちゃらテレビ出てきてやってるように見えるでしょうけど、そのあたりは冷静に自分の立ち位置とそこの環境がもたらす意義とを計算ずくでやってる」と断言する。
僕が初めて彼を見たのは、もちろん東進ハイスクールのCMだった。からきし勉強もできなかった僕なので「英語なんて言葉なんだ、こんなものやれば誰だってできる!」「公式は全て瞬時に導ける」と断言する講師の言葉は耳が痛い。そんなこと言われても、できなかったんです……、とテレビのスイッチを消したくなる。
しかし林先生の「今でしょ」は印象に残った。キャラ立ちが完璧だった。マンガから飛び出して来たかのような特徴のある顔に、口を尖らせての決め台詞。この人、完璧じゃん、と思った。そしたらテレビCMに『笑っていいとも!』(フジテレビ)出演。ついには『情熱大陸』(TBS)と来たものだ。その人気の秘密に迫る回なのかな、と期待しつつOAを見た。 林先生の授業も記録されているし、オフショットも満載だ。私生活も十分に映っていた。
狭い個別のパソコンの前で勉強する生徒たちが小声で「この先生ならついていきたいと思いました」と話すのもインタビューの仕掛けが感じられて面白かったし、結婚13年目になる産婦人科医の奥さんが語る先生の姿も興味深かった。「あんまりこういう人いなくないです?」と話す姿には、僕も思わずテレビのこっち側で「はい、確かに」と返答してしまったほどだ。
林先生の現代文の授業は、デートと比較することで分かりやすく解析していた。「デートと記述回答は最初に終わりを決めておく」のが鉄則だそうだ。「2回目、3回目はどこまでいくか」を考えながらデートをするように、現代文も解くのだ、と。
なるほどな、僕もこんな先生と会えていたら勉強を好きになっていたかもな。実家の近所にも東進があって、そこに一週間だけ通って挫折した僕でも、そんな錯覚をする授業だった。しかし、30分の放送を見終えた印象は、どこか寂しさが残るものだった。なんだろう、このモヤモヤした気持ちは。
もう一度放送を見返してみる。そしてふと気づいた。先生の言葉は、あまりに完璧なのだ。インタビュアーの質問に対し、十分過ぎる程の回答で答えてくれる。現在の人気の秘密をディレクターが聞いても、今の忙しさとそうでなくなるであろう未来とを「これ不連続関数なんですよ」と解説する。カバーがボロボロになった好きな作家たちの文庫本を嬉しそうに取り出し、解説する姿も可愛らしい。なんとも隙がない人だ。
しかし、だからこそ林先生はツッコんで欲しかったのではないだろうか。長期間同行したディレクターには、まとめきれない、曖昧な部分を見つけて欲しかったのではないか。現場で口論をするべきだ、という話ではない。
『情熱大陸』は時に被写体のパワーが溢れ過ぎて、放送事故ギリギリのような展開を見せる回もある。林先生は自分自身も点数がつけられない、矛盾する自分を発見したかったのではないか。そんなことを僕は思った。なぜなら「あと何秒で走り出します」と正確な形でマラソンを始めながらも途中で挫折する姿や、時折遠くを見つめ、言葉を探しながらも言葉を止めない、まるで自分自身を納得させながら話す様子が僕には魅力的に見えたからだ。
林先生は、自分のことを完璧に把握できている訳ではない。明らかに「流行」となっている今、戸惑っている。
そういう意味で番組の締めを、コントロールしきれない、限りなく生々しさが残る形で迎えたのは良かった。
放送当日の昼に行われた講義で林先生が語った言葉は「挫折について」だった。東大の同期会で先生が官僚を諦める程の才能と再会した時のことを、若き生徒たちの前で懐かしそうに語る。「人間って誰をライバルとして追いかけていくかが大きいのかな」と。だからこそ僕は先生の失敗をもっと知りたかった。そのヒントを先生は見せてくれていたのに。
この講義の後、ディレクターは「過去に点数をつけるとしたら」と質問をするが、先生は「過去に点数をつけて意味があるんですか」と反論する。ナレーションはこれを「玉砕」とまとめたが、僕は、先生をまた追って欲しいと思った。今度はひたすら観察するだけでいいと思う。インタビューをすることで、彼は講師の顔になってしまうから。
(文=松江哲明)