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ヤクルト・スワローズは大丈夫?

ヤクルトにくすぶる、業務提携解消のダノンによるTOB観測…その舞台裏と行方

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つば九郎も心配。
(撮影:ぽこ太郎「Wikipedia」より)
 仏食品大手ダノンはヤクルト本社のTOB(株式公開買い付け)に動くのか。筆頭株主のダノンとヤクルト本社の緊張関係が高まっている。

 発端は4月26日、ヤクルト本社がダノンとの業務提携を解消すると発表した。堀澄也会長は記者会見で、「(提携してからの)この9年で両者の違いを埋められなかった」と、提携を打ち切る理由を説明した。

 ダノンは現在、ヤクルトの20.0%の株式を保有している筆頭株主。両社が2004年3月に合意した内容は、向こう5年間は出資比率を20%より引き上げない、その後5年間も実質的な経営権を握るまでには出資比率を引き上げないというものだった。07年5月に提携を見直し。買い増し制限を12年5月まで延長。36%を超える買い増しを17年まで禁止することで合意した。

「20%は超えない」という契約が12年5月15日に切れた。ダノンに36%まで買い増す権利が発生した12年5月以降も28%の出資比率を軸に調整をしていた。結局、出資比率で折り合いがつかなかったことが契約解消につながった。

 ダノンはこれまでヤクルトに対する敵対的TOBを否定してきた。しかし、株式の買い増しを制限してきた契約が解消されたことで、株式市場ではダノンの「次の一手」を巡る思惑が交差した。「ヤクルトの株主の切り崩しを始めている」といった情報も流れた。

 そもそも、ダノンを株主に呼び込んだのはヤクルトの最高実力者、堀澄也会長だった。96年4月に社長に就任。以来、17年間、社長・会長として君臨している。

 その堀社長がピンチに立たされたのは就任2年後の98年。ヤクルトに大事件が起きた。資金運用責任者の熊谷直樹・副社長(脱税などで有罪)が90年代の財テクの失敗を埋め合わせようとして投機的なデリバティブ(金融派生商品)に手を出してさらに失敗を重ね、98年3月期に1000億円以上の損失を出した。

 株主代表訴訟を起こされたほか、私募債「プリンストン債」を使った粉飾決算も発覚、会社自体が起訴され、管理銘柄に指定された。桑原潤会長、熊谷副社長は引責辞任したが、堀社長は乗り切った。

 窮地に陥った堀社長がSOSを発した先がダノンだった。ダノンを後ろ盾にして社長の地位を保った。堀氏からの出資要請はダノンには棚からボタモチだった。2000年4月、ダノンは5%のヤクルト株式を取得。堀氏がさらなる買い増しを求めたことからダノンは03年4月に20%まで株式を買い増した。

 堀氏が怯えたのはオーナー的存在の松園家の影響力である。ヤクルトの「天皇」と呼ばれた元会長、松園尚巳氏(故人)の資産管理会社、松尚(神奈川県藤沢市)が、ヤクルトの筆頭株主だった(現在は6.5%を保有する第2位の株主)。松園氏はヤクルトレディによる宅配システムを確立したことで知られる。株式上場を果たし、21年間、トップの座にあった。94年12月に亡くなり、双子の兄、松園直巳氏が松尚を引き継いだ。堀社長は松園家の影響力を封じ込めるためにダノンに20%の株式を保有してもらったのである。

 追い落としの口実を与えないため業績を上げる必要があり、利益を販社から本社に吸い上げていった。ヤクルトレディを擁する販社の利幅が薄くなり経営が悪化、販社の不満が高まった。販社の窮状を理解していた松尚の松園直巳氏はダノンに接近、堀体制の変革を働きかけた。

 その一方で、直巳氏は販社にはヤクルト株式を持ち続けるよう説得した。だが、11年12月、直巳氏が他界してダガが外れた。堀長期政権を打倒するため販社がダノンと組む、という前代未聞のTOBが想定される事態となった。

 さて、ダノンは本当にTOBに動くのだろうか? だがダノンは、合弁企業との対立が撤退につながった中国市場での苦い経験もある。ヤクルトのTOBには否定的な見方が増えている。