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軍艦島の世界遺産推薦、地元・長崎はなぜ落胆?経済優先の国の思惑に翻弄、多額財政負担も

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軍艦島(長崎県・端島/撮影=酒井透)
 地元の島が世界文化遺産に推薦されて、落胆した自治体がある。長崎県と長崎市だ。


 長崎市議会総務委員会は10月1日、世界文化遺産への政府の推薦が決まった「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の構成資産の1つ、端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)の現地調査を行った。一行はベルトコンベア跡などがある採炭施設や崩壊している旧端島小中学校など、一般の立ち入りが禁止されているエリアを視察した。

 世界文化遺産に登録するには、島全体が国の文化財の指定を受ける必要があり、文化財保護法では現状維持が求められる。しかし、軍艦島のように全体が廃墟と化した構造物の保存は、どこまでやればよいのかという尺度がない。すべての居住施設を対象に外観を維持・復元するには、144億円の経費が必要だと専門家は試算しており、長崎県と長崎市にとって財政負担があまりに大きすぎる。そこで保存のあり方を検討するために、市の総務委員会の委員たちが視察をしたわけだ。

 軍艦島は長崎港から高速船で1時間足らず。周囲1.2キロの無人島で、高層の建造物などとともに島影が戦艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれた。

 1890(明治23)年に三菱高島炭鉱が採炭を開始。1916(大正5)年には日本初の鉄筋コンクリートの高層アパートが建つなど最盛期には5200人が住み、人口密度は東京の9倍といわれたが、1974年に閉山。無人島となり上陸禁止となった。その後2000年代に入り廃墟ブームが到来し、廃墟マニアたちからの要望で、09年に一部に限って上陸できるようになった。

●不快感を隠さない地元自治体

 地元にとって、廃墟の島が世界文化遺産に推薦されるとは想定外のことだった。推薦決定を受け、長崎県と長崎市の幹部は落胆の表情を隠さなかった。長崎市の幹部は「一体どんな理屈で(軍艦島が)産業革命遺産に決まったのか。信じられない」と不快感をあらわにしたという。

「産業革命遺産」には軍艦島の端島炭鉱跡のほか長崎造船所小菅修船場跡、旧グラバー邸の長崎市内の資産が含まれているが、実は長崎県と長崎市が強く推したのは「長崎教会群」だった。日本へのキリスト教の伝来と信仰の歴史を示すもので、国宝の大浦天主堂(長崎市)や隠れキリシタンの末裔たちが島々に建立した教会、「島原の乱」の舞台となった原城跡など13件で構成されている。

 長崎県の中村法道知事は今年4月、「産業遺産の15年登録に反対する」と表明した。15年は隠れキリシタンが大浦天主堂で信仰告白した「信徒発見」から150年の節目の年だ。「15年に教会群の登録を」という強い思いがあった。

 文化審議会の特別委員会は8月23日、15年夏の世界文化遺産登録を目指す文化庁の推薦候補として「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎・熊本両県)を決定した。昨年、同審議会が「富岡製糸場と絹産業遺産群」を推薦し、政府も決定している。今年も文化審議会が推薦した「教会群」で決まるはずだったが、事態は急展開した。

●振り回された地方自治体の不信

 政府は9月17日、15年の世界文化遺産登録を目指し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に「産業革命遺産」を推薦することを決めた。

「産業革命遺産」は28件の資産から成り、岩手から鹿児島まで8県に及ぶ。急速な近代化を実現した日本の軌跡を示す遺産群だ。新日鐵住金八幡製鉄所(北九州市)や三菱重工業長崎造船所(長崎市)など現役の施設を含むのが特徴で、政府が稼働中の工場も含めて世界遺産に推薦するのは初めてのことだ。

 しかし、選定の経緯はわかりにくかった。政府内で内閣官房と文化庁が争い、最後は官房長官が裁定するという異例の選考方法となった。振り回された地方自治体は不信を募らせ、しこりを残した。

 世界文化遺産の候補は、これまで文化庁と文化審議会が選んできた。文化財保護法で定める史跡や重要文化財であることが前提だからだ。ところが、政府は昨年5月、稼働中の工場などを含む場合、文化財に指定されていなくても推薦できるようにするため、規制を緩和する閣議決定をした。具体的には内閣官房に有識者会議を設置し、そこからも推薦できるようにしたのだが、推薦権を内閣官房が文化庁から奪う狙いがあったとみられている。

 各国の推薦枠は1つである。内閣官房推薦の「産業革命遺産」と文化庁推薦の「長崎教会群」が激しく争ったが、内閣官房の推薦と文化庁の推薦が競合した場合、優先順位をどうつけるかなど、決め方のルールはない。

このため、裁定に委ねられた菅義偉官房長官が下した決定は「産業革命遺産」だった。実際に同遺産を抱える自治体は一枚岩ではなかった。長崎県と長崎市は文化庁と足並みを揃えて「長崎教会群」を推してきた。

 官邸が「産業革命遺産」を決めたのは、安倍政権が掲げる成長戦略のために使い勝手のよい候補を決めたかったからだ。「長崎教会群」は完成度が高く、世界文化遺産に推薦しても経済波及効果は期待できない。その点、「産業革命遺産」は観光施設としては未整備なため、観光客の受け入れに堪える環境づくりにインフラの整備が必要になり、地元に大きな経済効果を見込める。岩手県釜石市の橋野高炉跡も入っており、菅官房長官は「復興支援に大きく貢献する」と語った。

 世界文化遺産の目的は、普遍的な価値を有する遺産を人類全体の財産として保護することであるが、その候補について政治的な思惑が優先されるかたちで決着した格好となった。
(文=編集部)