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吉田カバン、長く支持される秘密~積極的に他社とコラボ、異色の商品開発・人材育成法

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吉田カバン HP」より
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

(1)1953年に「エレガントバッグ」を発売
(2)美智子皇后が独身時代、トラッドタイプのバッグをご愛用された
(3)黒澤明監督の代表作『天国と地獄』(1963年公開)で、誘拐犯が身代金を渡すシーンに革バッグが使われた

 これらのエピソードは、いずれもビジネスパーソンからの支持が高いバッグメーカー・吉田カバン【編註:正式名称は、「吉」の「士」の部分が「土」】にまつわるものだ。(1)は狭い日本の住宅事情を考慮して、バッグの幅が調節できる「マチ幅機能」をつけたもの。(3)は同映画の重要なシーンのためにブリーフケースを3つ製作。1つは映画の中で赤い炎に包まれた。

 1935年創業の老舗メーカーには、こうしたモノづくりへの信頼感を示すエピソードも多い。だが、今や歴史の長さだけで生き残れる時代ではない。そこでどうするか。

 創業80年近い老舗が、新鮮さを保つ秘訣が“他流試合”だ。

●裏原系から老舗まで、「コラボレーション」にも意欲的

 4月18日から始まる沖縄県那覇市の百貨店リウボウで、吉田カバンの看板ブランド「ポーター」が地域の伝統生地を使ったコラボレーションバッグを売り出す。琉球王朝期の上流階級の織物「首里織」をあしらったり、伝統染物「紅型」を用いたりしたバッグを5種類販売。価格は1万7000円~2万7000円台となっている。

 意外性のある組み合わせだが、同社にとってこの手の取り組みは初めてではない。09年には「博多献上ポーター」と呼ぶコラボレーションバッグを製造した。鎌倉時代から長い歴史を持つ博多織の中でも博多献上柄は最上質の織物で、江戸時代に黒田藩から徳川幕府へ「献上」されたので、この名がついたといわれる。同商品はバッグのフラップ部分に博多献上を用いた。

 デザイン部門を統括する幹部社員は、「博多織の中でも博多献上の柄を選んだのは、博多献上の独鈷(どっこ)と華皿(はなさら)の連続化したデザインが思った以上にモダンだったからです。連続化した模様という生地は欧州にもあります」と話していた。

 古くからあるデザインでも、そこに新しさを感じれば、採用して独自商品に生かす。当サイト記事『吉田カバン、なぜ長く人気?国内生産へのこだわり、職人重視、安易に流行に乗らない』で、人気のキーワードとして「流行ではない新しさ」と指摘したが、これらの取り組みもそれに当たる。

 このように吉田カバンは、自社独自のモノづくりにこだわる一方で、コラボレーションにも意欲的だ。最初に始めたのは95年。裏原宿系のストリートブランドである「グッドイナフ」が相手だった。

 提携相手は幅広い。例えば、カメラメーカーのニコンとは長年にわたりコラボ製品を開発しており、スポーツ用品メーカーのミズノとは今月、ゴルフのキャディバッグを発売した。カメラやゴルフクラブなどの中身を保護するバッグとして、機能性が認められたのだろう。

 また、このコラボの分野でも独自の「ファッション性」を打ち出している。「B印YOSHIDA」という名前をご存じだろうか。セレクトショップのビームスと吉田カバンが共同開発するブランドだ。店舗は東京・代官山と成田空港にある。

 このブランドからも、意欲的に商品を発売し続けている。客層はポーターが30~40代中心なのに対して、「B印YOSHIDA」は20代後半~30代と若返っている。
 
 時には海外の老舗ブランドともコラボする。「テディベア」で有名なドイツの人形メーカー・シュタイフとコラボした時は、吉田かばんの創業75周年にちなみ、足の裏にロゴの入ったオリジナルテディベアと、クマの形のフェイスポーチのセットが全世界で750組限定販売された。

 いくら人気商品でも、自社のやり方のみに固執すると発想も広がらない。

●企画や商品開発に社長はノータッチ

 ファッション系のブランドは、社長自身がクリエーターとして社内を牽引するケースも多いが、吉田カバンの場合はそうではない。

 現在の社長・吉田輝幸氏は、創業者・吉蔵氏の次男。02年に長兄の後を継いで社長に就任した。学生時代は会計学のゼミに入り、卒業後は大手銀行への就職が内定していたが、吉蔵氏に一度だけ言われた「手伝ってくれないか」のひと言が気になり、恩師に相談。

 結局、父の意をくんで、家業である吉田かばんに入社する。入社後は商品管理部(本人いわく「倉庫番」)からスタートして、その後、総務・財務や営業経理を担当。やがて社業全般を担当するようになり、55歳で社長に就任したが、いわゆる芸術肌ではなく実務家タイプだ。

 商品を市場に送り出すために「社長プレゼン」が最後の難関となる会社もあるが、吉田カバンの社長は企画や製作にはノータッチだ。「内見会」という社内説明会で進捗状況の報告を受けて感想を伝える程度で、企画や進行はデザイン部門に一任している。

 その代わりに、創業精神や企業のあり方を伝えることに力を注ぐ。例えば、毎月の「社長講話」では、社員に対して自分の思いを話す。題材はマーケティングや仏教などさまざまだ。

 また、前述の他流試合でいえば、職人希望の社員をベテラン職人の作業場に常勤させることも行う。給料は吉田カバンが支払い、就業時間は職人の作業時間に準ずる。

 社内研修の一環として、希望者が吉田社長の実姉の野谷久仁子氏に1日講習を受けることもある。これも社員にとっては大きな刺激となる。というのは、浅草・今戸に工房を構える野谷氏は、吉蔵氏から10年にわたり、直接技術を学んだ腕ききの職人だからだ。手縫いの革教室も主宰し、『手縫いで作る革のカバン』(NHK出版)などの著作も持つ。創業者直伝の技術を野谷氏から学ぶことで、メーカーとしての立ち位置が実感できる。

 品質へのこだわりと新しさ。どちらが欠けても人気商品は陳腐化してしまう。そのためには目を外に向けて活動する意識も大切。現在のところ、それがうまくいっている例といえる。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント) 
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。『「解」は己の中にあり』(講談社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、ほか、著書多数。