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ベネッセ流出事件の責任者・福武前会長、巨額資産節税のため海外逃避 配当金で芸術活動

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「ベネッセホールディングス HP」より
 7月に発覚した通信教育大手ベネッセコーポレーションの顧客情報流出事件は、業績を直撃した。持ち株会社ベネッセホールディテングス(HD)の2014年4~6月期連結決算は136億円の最終赤字となった(前年同期は26億円の最終黒字)。情報流出事件に関して260億円の特別損失を計上したためだ。特別損失の内訳としては、顧客への補償に200億円、お詫びの文書の発送や事件の調査、セキュリティ対策などに60億円を充てる。ベネッセHDは15年3月期の売上高は前期比4%増の4860億円、当期純利益は同7%増の213億円の増収・増益を予想していた。しかし、情報流出事件に伴う会員数の推移の見通しが立たないことなどから、業績見通しは「未定」とした。最終黒字の確保は極めて厳しいとみられている。

 今回の事件で世間を驚かせたのは、ベネッセHDが国民の6人に1人をカバーするほどの巨大な情報を集めていたことだ。累計で1億件に上る情報が流出していたことが明るみになったが、情報管理を厳しくしても完全に防ぐのは難しい。一般的に企業における顧客情報管理においては、情報が流出しても被害を最少に食い止められるように二重三重の対策が取られるが、今回の事件で容疑者はスマートフォン(スマホ)を使って1億件の個人情報を容易に手に入れていた。

●福武元会長が築いた一大教育コンツェルン

 こうした情報セキュリティに対して甘い体制は、ベネッセHDの“中興の祖”と呼ばれる福武總一郎・現最高顧問が社長、会長として経営の舵取りを担っていた時期につくられた。福武氏は1945年12月、ベネッセHDの前身である福武書店の創業者、福武哲彦氏の長男として岡山市に生まれた。早稲田大学理工学部卒業後、日製産業、日本生産性本部勤務を経て73年、福武書店に入社。父の急死で86年に社長に就任した。

 總一郎氏は小中高校向け通信添削講座「進研ゼミ」に経営の軸足を移し大成功。95年には社名をベネッセコーポレーションに変更、大証2部(2000年に東証1部)に上場した。ベネッセは、ラテン語の「よく生きる」という意味に由来する。

 今や「教育のベネッセ」として幼児教育から小・中・高校の受験教育、社会人の英語の資格の取得まで手掛け、一大教育コンツェルンを築き上げた。しかし、ワンマン経営の弊害が強くなり業績が悪化したことを理由に03年6月、経営の第一線を退き、ソニー出身の森本昌義氏を社長に招いた。その後、森本氏は自身の女性問題で07年2月に辞任に追い込まれた。そのため、總一郎氏は会長兼社長に復帰した。

 09年、持ち株体制へ移行し、總一郎氏はベネッセHDの会長に就き、社長に生え抜きの福島保氏を起用したものの、業績停滞を打破できなかった。そこで今年、アップルコンピュータ、日本マクドナルドで辣腕を振るってきた原田泳幸氏を社長兼会長に招いた。總一郎氏は6月の株主総会で会長を退任し、最高顧問の肩書は残ったが、経営からは手を引いた。