アパレル小売業では、トップのユニクロに対して、ファッションセンターしまむらや無印良品がライバル視されてきた。コンビニエンスストア業界では、昨年まで業界首位のセブン-イレブンと、同3位のファミリーマートの出店競争が話題になっていたが、結局、ファミマはセブンの牙城を崩せなかった。
しかし、インターネットショッピングの世界では、王者の「Amazon.co.jp(以下、Amazon)」に、ヨドバシカメラの通信販売サイト「ヨドバシ・ドット・コム(以下、ヨドバシ)」が果敢に対決を挑み、大健闘している。
「月刊ネット販売」(宏文出版)の調査によると、2013年度の「ヨドバシ」の売上高は650億円で、ヨドバシカメラの総売上高の9.4%を占める。家電量販店業界のネット通販部門では、上新電機が展開する「Joshin web」の450億円を大きく引き離してトップだった。
「ヨドバシ」の14年度の売上高は、前年比50%を超えて約1000億円に達すると見込まれており、同じペースで推移すれば、16年度には2000億円を超える計算になる。「Amazon」を展開するアマゾンジャパンの13年度売上高は7639億円だが、国内における家電製品の14年度推定売り上げは約2000億円とされている。「ヨドバシ」が「Amazon」に追いつくのも、そう遠くない未来のように思える。
では、「ヨドバシ」はなぜ「Amazon」を猛追できるような存在になれたのだろうか? その最大の要因は「事業戦略の本気度」だろう。
事業戦略に表れる「ヨドバシ」の本気度
実店舗を持つ小売企業にとって、ネット通販はどんな存在なのだろうか? 経済産業省の調査によると、日本のEC(電子商取引)市場は、08~13年の5年間で約6兆円から約11.2兆円に伸びており、年率換算で17.3%の2ケタ成長を遂げている。
経営者が「ECは成長分野であり、将来の柱になる」と投資し、「楽天市場」「Yahoo!ショッピング」などのECモールに出店する。赤字が続いたとしても、「企業には健全な赤字部門が必要だ」と、旭化成工業の宮崎輝元社長や、ヤマト運輸の小倉昌男元会長の言葉を持ち出して我慢する、といった例も多いだろう。
しかし、全社を挙げてネット通販に取り組む専業企業に比べ、店舗を持つ場合は、ネットと店舗との間で、経営資源であるヒト・モノ・カネ・情報が分散してしまう。物流インフラはそのまま利用できるが、コールセンターなど受発注や顧客管理のインフラにコストがかかり、ネットで売れやすい商品には偏りがあるなど、在庫管理が難しい面もある。
さらに、「ショールーミング」という消費行動の影響も受ける。店舗で実際に商品を見てから、ネット通販で購入するという流れだ。
「ネットは実店舗の敵」「会社のお荷物」のように見られ、社内でEC部門の肩身が狭くなる。その結果、「ネット事業のほうも、一応やっています」という状態になるケースも少なくない。それでもEC部門を継続させているのには、「店舗の空白地帯を埋められる」「高齢者などに宅配のニーズがある」という理由があるが、その本気度は低いといわざるを得ない。
しかし、「ヨドバシ」は品揃え、使い勝手、サービス、配送、そのバックにある物流も含め、とことん本気だ。
「ヨドバシ」が取り扱うアイテム数は現在、約250万を誇る。家電をはじめ、ホビー用品、おもちゃ、文具、本、家具・インテリア、ファッション、化粧品、カー用品、ペット用品、酒類、食料と幅広く、「Amazon」に勝るとも劣らない「総合小売化」を進めている。14年は釣具、産地直送有機野菜、鮮魚、医薬品の分野に新たに参入し、今年3月には電子書籍にも進出した。今後は、卵や肉も取り扱う予定だという。
また、画面上で在庫の有無、店舗の在庫状況、当日配送の可否や配達可能日がすべてわかるようになっている点も便利だ。14年10月からは、1万円以上の商品を対象に、盗難や破損を500万円まで90日間補償する「ヨドバシ・ドット・コム会員お買い物プロテクション」を会員に無料提供している。
無料配送については、当日配送エリアを三大都市圏から札幌市、仙台市、福岡市など全国主要都市および周辺に拡大し、人口カバー率は約60%に達している。翌日も含めると、離島などを除き、ほぼ100%だ。配送をバックアップする物流拠点のアッセンブリーセンターは、神奈川県川崎市と兵庫県神戸市の東西二大拠点に加え、今秋には三重県桑名市に新拠点が完成する。首都圏を管轄する川崎のセンターは、16年春をめどに施設規模を6倍、商品在庫量を10倍に拡大する予定だ。
店舗に来た客にネットで買わせる戦術
小売企業の中には「実店舗が主で、ネット通販は従」と公言しているところがある。それも「ネットで大展開の夢破れて」という結果ではなく、「クリック&モルタル」「オムニチャネル」のような、実店舗とネット通販の連携を示す言葉が登場する以前から、「ネットは店舗の販売を強化するためのツール」と位置づけ、それなりの成果を収めている。
その姿勢で一貫しているのなら、明白でしっかりした事業戦略といえるが、「ヨドバシ」の方向性はそれとも違う。リアルからバーチャルに誘導する、つまり「実店舗に来たお客さんに、ネットで買ってもらう」という戦略だ。売り場で見た商品をネットで買われたとしても、ヨドバシカメラ全体として売り上げが上がるのであれば、それでかまわないということである。
その戦略を象徴するのが、店舗の商品についている「バーコード値札」だ。全商品の値札についているバーコードを専用アプリで読み取ると、その場で「ヨドバシ」の該当ページに移る。まさにショールーミングを逆手に取った方法といえる。そのため、キャンペーンや特売品などを除けば、店頭もネットも価格は同じで、ポイントも共通化されている。また、店舗の販売実績としてカウントされるので、店舗からの不満も出ない。
リアルからバーチャルに誘導する戦略では、店舗に在庫がないような「レア商品」がロイヤルカスタマー(優良顧客)を生む効果もある。例えば、特定ブランドのレコード交換針などがそれだ。音楽CDの販売額がネット配信に逆転される時代に、アナログレコードを愛聴しているマニアは数こそ少ないが、アイテムへのこだわりは強い。
「『ヨドバシ』なら、あの針が必ずある」と信頼されれば、顧客満足度が高まり、ロイヤルカスタマーになる可能性も高まる。レコード交換針を買うついでに、レコードクリーナーやインテリア雑貨、酒類や本などにも手が伸びるかもしれない。250万アイテムを揃え、ワンストップ・ショッピングが可能な「ヨドバシ」の強みがそこでも発揮されることになる。
王者「Amazon」最大の弱み
アマゾンは、国内最大級の小田原フルフィルメントセンターなど、全国に超大型物流拠点を次々と建設し、品揃えの急拡大による総合小売化を進めている。さらに、家電をはじめとする低価格攻勢、業界の先頭を切った配送無料化、多くのネット販売業者を取り込む「マーケットプレイス」のECモール化で、日本のネット通販業界を席巻している。今や、飛ぶ鳥を落とす勢いに見えるが、弱みもある。
その一つが、「ヨドバシ」と違い、当日配送の完全無料化ができていないことだ。当日配送を希望する場合、年会費3900円の「Amazonプライム」に登録するか、「お急ぎ便」で追加料金を支払う必要がある。「Amazon」の業務を請け負う配送業者は、13年4月に佐川急便からヤマト運輸に変更された。その背景には、当日配送による取扱量の増加などに対し、佐川が運賃の値上げを打診、決裂したという事情があり、その影響で今も当日配送の完全無料化が実現できないといわれている。また、通常配送の翌日可能エリアもそれほど大きくはなく、東京23区内でも翌々日に配送されるケースが多い。そういった点も弱みといえるだろう。
一方、「ヨドバシ」の無料当日配送の人口カバー率は60%を超えている。11年の開始当時は東京都全域(島部を除く)と神奈川県、千葉県の一部だったが、現在は関東、関西はほぼカバーされ、北海道の旭川、江別、札幌、苫小牧の各市、宮城県、福島県、新潟県、山梨県、静岡県、愛知県、福岡県のほぼ全域に及んでいる。当該エリア内では、「Amazon」よりもアドバンテージがあるのは明らかだ。また、配送業者は複数から最適な業者が選ばれ、有料で日本郵便とヤマト運輸を指定することもできる。
地域によっては、冷蔵庫や洗濯機のような大型家電は13時までの注文で、当日中に配送、設置、リサイクル回収まで行ってくれる。工事が必要なエアコンも、19時までに注文すれば翌日の工事が可能だ。これは、店舗があるからこそのサービスで、単なるネット通販ではなかなか真似ができないだろう。
セブン&アイ・ホールディングスが、ネットで注文した商品の受け取りにセブンの店舗網を活用するオムニチャネル戦略を打ち出すなど、ネット通販業界では「取り置きサービス競争」が繰り広げられている。ここでも、「ヨドバシ」は「Amazon」をリードしている。注文した商品は、全国22店舗で営業時間中に、東京・秋葉原と大阪・梅田のマルチメディア店では、24時間受け取ることができるのだ。
該当店舗に在庫があれば30分以内に準備でき、他店舗から取り寄せの場合も注文時に受け取り時期の目安がわかる上、入荷後に連絡が入るようになっている。「Amazon」も、ローソンなどコンビニと提携して取り置きサービスを実施しているが、「ヨドバシ」ほどきめ細かいサービスはできていない。しかも、「マーケットプレイス」は同サービスの対象外になっている。
「ヨドバシ」対「Amazon」競争の決め手は
将来、「ヨドバシ」が「Amazon」に追いつき追い越せるかどうかは、品揃え、配送、サービスなどの総合的な顧客満足度が決め手になりそうだ。
サービス産業生産性協議会が09年から発表している「日本版顧客満足度指数(JCSI)」で、ヨドバシカメラは家電量販店部門で5年連続1位を記録している。「ヨドバシ」も、14年度の通信販売部門で1位になっているが、単独ではなく「Amazon」、化粧品の「オルビス」と同点だった。顧客満足度でも、「ヨドバシ」は「Amazon」と張り合っている。
商品数や物流インフラの「量の戦い」の次は、きめ細かいサービスなどの「質の戦い」に移っていくことが予想される。量ではなく質の戦いになれば、昔から外資系企業より日本企業に分がある。今後、「ヨドバシ」と「Amazon」の対決は、ますます面白くなっていきそうだ。
(文=寺尾淳/ジャーナリスト)