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スターバックス 、店員が洗練され続けるスゴいシステム!笑顔消失&ガタガタから、どう復活?

文=梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント

スターバックス コーヒー ジャパンにはマニュアルがない」――これはビジネスを学ぶ人たちの間でよく話題にされることです。「なんでも店員の自主性に任されている」「マニュアルに縛られた働き方をしていないから、対応が素晴らしい」といった声も聞きます。しかし、これは真実とはいえません。

 今、日本国内においてスターバックスは1000店舗を超え、2万5000人のパートナー(従業員)が、毎日60万人のお客を迎えています。スターバックスはチェーンオペレーションですから、全国のどの店舗に入っても、提供されるコーヒーの品質は期待通りの高水準であることが大前提になります。ところが、スターバックスではアルバイトも多く、店舗パートナーがみな経験豊かであるとは限りません。

 すべての店舗で最高品質の商品を安定して提供するために、標準化すべき手順は徹底する必要があります。エスプレッソマシンなどの設備メンテナンスの仕方や、店舗スタッフを効果的に配置するシフト表のつくり方、あるいは正確で効率的な棚卸しの方法。店舗の業務は多岐にわたるので、経験の少ないスタッフでもオペレーションを回せるように、実はさまざまなマニュアルが用意されているのです。

 ただ、マニュアル化は行きすぎると、必ず弊害が生まれます。実際に、国内の店舗数がちょうど10店になったとき、ある問題が顕在化しました。ようやく世間に知られるブランドになったのに、オペレーションがまったく回らなくなってしまったのです。お客が待てど暮らせどコーヒーが出てこない――そんな状況に陥りました。

マニュアルに縛られずにコーヒーをいれる

 スターバックスでは、エスプレッソの抽出時間が18~23秒の時に一番おいしく仕上がると教えていました。その頃は手動のエスプレッソマシンを使用していたため、経験不足の新人スタッフが大きな割合を占めるようになると、抽出時間が18秒未満になってしまったり、逆に23秒を超えてしまうというケースが頻繁に出てしまったのです。

 米国のスタッフなら、少しぐらい抽出時間が短かったり長すぎたとしても、そのドリンクを笑顔でさっと出してしまいます。しかし、生真面目な日本人は、「18~23秒がいい」と言われると、何がなんでもそうしないといけないと思い込みがちです。抽出時間がずれてしまうと、廃棄してまたつくるという作業を繰り返していました。お客はいらいらしながら待ち、パートナーたちからも笑顔が消えてしまいました。

 そこでスターバックスは、マニュアルを細かく規定し直したり順守を徹底しようとはせず、「エスプレッソコーヒーの本質を基本に立ち返って学ぶ」というアプローチを取りました。「18~23秒」は、おいしいエスプレッソコーヒーをつくる要素のひとつにすぎません。すべてのプロセスに目を配り、心を込めていれば、自分のいれるコーヒーに自信が持てます。

一人ひとりが心を込めた一杯をつくるためには、マニュアルから離れることが大切でした。「エスプレッソの本質」が共有されたあと、日本のパートナーたちに笑顔が戻り、自信と誇りを持って自分なりの「一杯のおもてなし」ができるようになりました。「一番大切なことは、目の前のお客様のために心を込めて一杯のエスプレッソをいれること。自分が精魂込めてつくった一杯を、自信を持って出しましょう」――これが新たなマニュアルといえます。

マニュアルではなく、ミッションを実践

「スターバックスにはマニュアルがない」――接客に関しては、まさにその通りです。創業時もありませんでしたし、今もないのです。20年前、日本にスターバックスが初出店する時、社長の角田雄二氏は来店客にどんなあいさつをするといいか、店舗に出向き意見を求めました。その時、ひとりの店舗パートナーがこう言いました。

「わたしは友達と会ったら『こんにちは! 元気?』と声をかけます。お客様だから『いらっしゃいませ』がいいのかもしれないけれど、『こんにちは!』のほうが親しみがあって、気持ちが乗ります」

「それ、いいね!」

角田氏は即答しました。とはいえ、「こんにちは!」というあいさつをマニュアル化したわけではありません。自然に全店舗に広まっていったのです。

スターバックスの店舗パートナーたちが「人と人のつながりを大切に」というスターバックスのミッションに共感し、それを自主的に表現したあいさつが「こんにちは!」だったのです。

  スターバックスでは「察する、つながる、応える」という表現を店舗で使っています。来店客は一人ひとり違います。同じ人でも昨日と今日では違います。そのことを察し、さりげなく相手とつながり、そして今一番求めていることに応える。このプロセスに決まり切った答えはありません。

「自分で考えなさい、創意工夫していいですよ」

 そう言われると、店舗パートナーたちは、最初はおずおずと、やがて眼を輝かせて自分なりのホスピタリティーにチャレンジするようになります。

 そして一番素晴らしいことは、「察する、つながる、応える」が終わりのない学びのプロセスだということです。スターバックスのミッションという軸を共有したあとは、どんどん自己表現してよいといわれることで、人は自分の内側に無限の可能性を発見します。「察するセンサー」が磨かれ、「つながるポイント」がわかるようになり、「応えるコミュニケーション力」が洗練されていきます。

 目の前のお客の笑顔、さりげない会話、感謝の言葉。お店に来た時よりも、帰る時に、その人の一日がちょっと良くなっている……そんな様子を見ることが、店舗パートナーたちにとって、何よりの喜びとなります。

「スターバックスにはマニュアルがない」のではなく、「スターバックスのミッションを自分のものとし、日々実践している2万5000人のパートナーがいる」。これがスターバックスの真実です。
(文=梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント)

梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント

梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント

1956年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。電電公社(現NTT)に入社し、社内留学制度を利用してスタンフォード大学ビジネススクール修了(MBA)。ベイン&カンパニー、シュローダーPTVパートナーズを経て、サザビー(現サザビーリーグ)の取締役経営企画室長に就任。同社の合弁事業、スターバックス コーヒー ジャパンの立ち上げプロジェクトの総責任者を務める。2005年に退任し、同年アイグラム、2011年にリーグ・ミリオンを創業。サザビーリーグ退職後もコンサルタントとして10年間、同社が展開するブランドの企画などに携わってきた。現在、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授。2015年5月、『日本スターバックス物語──はじめて明かされる個性派集団の挑戦』を上梓。

Twitter:@Tatsuo_Umemoto

『日本スターバックス物語--はじめて明かされる個性派集団の挑戦 』 日米のカリスマ経営者たちが組んだ最強タッグの知られざる舞台裏を、日本でのスターバックス立ち上げプロジェクトを担った著者が綴る amazon_associate_logo.jpg

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