東洋エンジニアリングの出血が止まらない。世界各地で展開しているプラント建設プロジェクトの同時多発的損失が原因だ。その背景には採算度外視の受注拡大、責任の所在が曖昧な拠点分散型プロジェクト管理の導入、リスク管理の欠如などがある。「エンジニアリング専業御三家」の中で独り負けを続けている同社だが、果たして立ち直れるのだろうか。
5月14日、東洋エンジニアリングが発表した2015年3月期連結決算は、売上高こそ前期比35.3%増の3115億円だったが、純損益は210億円の赤字、営業損益も74億円の赤字で、11期ぶりの最終赤字に転落した。増収減益はままある話だが、証券アナリストは「大幅増収で赤字は珍しい」と語る。
直接的な赤字転落要因は、ブラジルの浮体式洋上石油・ガス生産貯蔵積み出し設備プロジェクトで発生した総額230億円といわれる営業損失だった。
だが根源的に、通常あり得ない複数プロジェクトでの同時多発的な損失が利益圧迫の背景にある。エジプト向けポリエチレン製造設備、カナダ向けオイルサンド処理設備、インドネシア向け化学肥料製造設備など8件ものプロジェクトで同社は営業損失を計上している。
いずれも「受注が困難な時期に受注数を確保するため、受注獲得案件のリスク評価のハードルを下げた。さらに、拠点分散型のプロジェクトでキーパーソンが不足したため、プロジェクト管理が疎かになり問題発生時の状況把握が遅れた」(東洋エンジニアリング関係者)というお粗末さだ。つまり、同社のプラント建設プロジェクトでは、今や損失発生が常態化しているわけだ。
東洋エンジニアリングの社内では、かねてから「こんな無理な受注を重ねて、誰がプロジェクトを管理するのか」と、プロジェクトマネージャー不足を嘆く声が上がっていた。しかし「中期経営計画で掲げた『16年3月期に4500億円受注』の目標達成しか眼中になかった経営陣は、社内のそうした声に耳を貸さず、ひたすら受注拡大に血眼になっていた」(エンジニアリング業界関係者)という。
そもそも利益の出ない受注
リスク管理の欠如、プロジェクト管理の軽視など、東洋エンジニアリングの放漫な経営体質は今に始まったことではない。前出業界関係者は「今回の最終赤字転落の萌芽は、11年にインドネシアの国営肥料会社カルティムから500億円で受注した世界最大級の肥料プラント建設プロジェクトにある」と指摘する。
これは欧州、韓国、日本のエンジニアリング5社の競争入札において、東洋エンジニアリングが最安値応札で獲得した案件だった。同社はこのプロジェクトで、14年3月期第2四半期連結決算において50億円、総額100億円もの営業損失を出したといわれている。
プロジェクト管理軽視のツケを払わされるような事態が、すでにカルティムプロジェクトで発生していた。
「2番札より1億ドルの安値応札で受注を獲得したカルティムプロジェクトは、そもそも収支トントンの案件だった」(同)
そこで同社は、プラント建設コストを圧縮するため、拠点分散型の「水平分業フォーメーション」と呼ばれる新しいプロジェクト管理方式を編み出し、それをカルティムプロジェクトに導入した。
具体的には、本社がプロジェクト全体の管理、韓国の子会社が基本設計と海外の資材調達、インドネシアの子会社が詳細設計と国内の資材調達および建設工事を行うというもの。理屈では「グループ各社が得意分野の工程を担当するので、プロジェクト運営が効率化できる。したがってコストを大幅に圧縮できる」(東洋エンジニアリング)はずだった。
ところが、インドネシアの建設業界では設計技師の引き抜きが常態化しており、カルティムプロジェクトを受注した翌年に子会社化したインドネシアのIKPT社でも、買収前から設計技師の流出が相次いでいた。そしてプロジェクトが本格化すると、肥料プラントの設計を担当していた技師が他社に引き抜かれて途中で業務を放棄。引き継ぎもなかったため、本社から急遽派遣された技師は設計をゼロからやり直す羽目になったという。
このほかにも、プロジェクトを総点検する段階で資材と労働力の不足が明らかになるなど、IKPT社の見積もりのずさんさも発覚している。さらに基本設計と詳細設計が整合せず、韓国子会社とIKPT社が責任のなすり合いをする事態も発生した。
そんなごたごたでコストを圧縮するどころか、かえって大きく膨らみ、工事も遅れた。14年末完了予定だったカルティムプロジェクトが実際に完了したのは、今年3月だった。
「プラント建設はプロジェクトマネージャーがすべての権限と責任を持ち、その指揮下でプロジェクトを運営するのが常識。分業体制では必然的に責任の所在が曖昧になるし、予想外の問題発生には迅速対応ができない。そのため業界内では『あれでうまくいくのか』と心配する声が高かったが、案の定失敗した」(前出業界関係者)
総額230億円の損失を出したブラジルのプロジェクトも、真の原因は汚職問題ではなく、拠点分散型のプロジェクト管理にある。実質的にプロジェクトマネージャー不在のプロジェクトだったから、汚職問題にも迅速対応ができず傷口を広げたのだ。
「早い話、東洋エンジニアリングはインドネシアで高い授業料を払わされたのに、そこから何も学んでいない」(同)
プロジェクト管理軽視の弊害というほかなさそうだ。
東洋エンジがのめり込むプラント建設の仁義なき戦い
非常識といわれる拠点分散型プロジェクト管理で同時多発的損失を続けながらも、同社が受注拡大ロードを爆走しているのはなぜか。その背景には業界内での立ち位置と苛烈な国際競争がある。
エンジニアリング専業御三家の競合、日揮と千代田化工建設は「液化天然ガス(LNG)プラント建設の世界4強」に数えられ、受注額500~1000億円のプロジェクトを多く手掛けてきた。近年は受注額5000億円台の「メガLNGプロジェクト」も次々と受注している。
LNGプラント建設は両社を含めた日本、米国、フランス5社の実質的寡占市場。競争も紳士的で、共存共栄の雰囲気すらあるといわれる。
対して、東洋エンジニアリングはLNGプラント建設の中核装置(天然ガスをマイナス162度で液化・圧縮する装置)を手掛けた経験がなく、同市場に進出するチャンスがない。このため、同社はもともとの得意分野である石油化学プラントや肥料プラントの中小案件が受注の大半を占める。これら数十億円から数百億円の案件を「多い年は10件以上積み上げることで御三家3位の座を保持してきた」(同)という。
いきおい海外市場は、東南アジア、中国、南米、アフリカなどの新興国地域が中心になる。北米の売上高比率は全体の17%(15年3月期)にとどまっている。
そして、これら新興国地域の非LNG案件では近年、欧州勢に加え韓国勢や中国勢が安値受注攻勢を強め、戦いが激化している。
苛烈な入札競争で東洋エンジニアリングが生き残るためには、コストを圧縮するしか方法がない。そこで同社は近年、グループ社員の約75%を海外営業拠点に配置、これら拠点にプラント建設の設計、資材調達、建設工事部門業務を移管することで人件費、資材調達、工事などのコスト圧縮を図ろうとしてきたといわれる。拠点分散型プロジェクト管理導入も、これが背景になっている。
プラント建設の契約形態は、設計から工事までの受注額を総額で決めるのが一般的だ。多少の赤字受注ならコスト圧縮で黒字転換できるのがミソだ。半面、プロジェクトの進捗が遅れれば、たちまち損失発生につながる。近年相次いだ東洋エンジニアリングの損失は、いうまでもなく理屈通り機能しなかった拠点分散型プロジェクト管理と、理屈通り実現できなかったコスト圧縮によるものだ。
東洋エンジニアリング関係者は「受注戦略が裏目に出た。『受注は拡大すれど、社運傾く』となった。残念だ」と肩を落とした。
さすがに危機感を覚えたのか、同社は5月14日の決算発表に併せて「再建計画」と題する中計見直し策を発表。プロジェクト損失の共通原因として、「受注不振の時期に無理な受注」「プロポーザル(提案)時のリスク評価の甘さ」など4項目を挙げて反省。グループ運営体制強化、バランスの取れた受注活動、プロポーザル承認プロセス改善など、10項目の経営改革方針を示した。しかし、構造的な損失発生要因といわれる拠点分散型プロジェクト管理を思い切って廃止する気はないようだ。
この急ごしらえの経営改革策で、土台が傾いてしまった社運を立て直せるのか。証券アナリストは「来期も最終赤字に沈めば、筆頭株主の三井物産にリストラを迫られるのは避けられない」と予測する。
東洋エンジニアリングにとって、今期は正念場になりそうだ。
(文=田沢良彦/経済ジャーナリスト)