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江川紹子の「事件ウオッチ」第35回

70年談話で謝罪を曖昧にした安倍首相が、代わりに言及した“感謝”の史実とは

文=江川紹子/ジャーナリスト
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<われわれは当然、かれ(=日本)が一切の降伏条件を忠実に履行するよう、厳重にこれに求めるものである。しかしわれわれは、決して報復を企図するものではない。敵国の無辜の人民に対しては、なおさら侮辱を加えるものではない。われわれは、ただかれらに憐憫を表示し、かれらをして自らその錯誤と罪悪を反省せしめんとするだけである。もし暴を以て敵のこれまでの暴に報い、陵辱をもってしてかれらのこれまでの誤った優越感に応えるならば、冤(=うらみ)と冤とは相報い、永久にとどまることはない。これは決してわれわれ仁義の師の目的ではない。このことは、われわれ軍民同胞の一人ひとりが、今日特に注意しなければならないところである>(蒋介石演説集『暴を以て暴に報ゆる勿れ』より)

 その後、蒋介石率いる国民党は、共産党との戦いに敗れ、台湾に逃れる。そして日華平和条約を締結する際、日本に対する賠償請求権を放棄した。

 日本が中華人民共和国と国交正常化を果たしたのは1972年。この際、中国が賠償を求めるかどうかが、日本としては最大関心事の一つだった。中国がまともに賠償を請求すれば、それは莫大な金額となり、日本の財政は非常に厳しい状態に追い込まれたはずだ。

 中ソが対立するなど当時の国際情勢、日本の経済援助への期待、共産党が国民党より度量が狭いと思われたくないというメンツの問題など、中国には中国の思惑はあっただろう。しかし、賠償を放棄するという寛大な対応をしたことで、日本が大いに救われたことは紛れもない事実である。訪中した田中角栄首相に対し、周恩来首相は「日本人民と中国人民は、ともに日本の軍国主義の被害者である」と述べた。

 中国共産党は、この決定をするにあたって、各地で学習会を重ねて政府の立場を説明し、日本によって多大な被害を受けた同国内の人々の声を抑え込んだ。当時の毛沢東主席と周恩来首相の絶対的な支配力があってこそなしえたことと言えるだろう。

 日本が中国のODA(政府開発援助)に力を入れたのは、そういういきさつがあってのこと。しかも、ODAは日本企業のビジネスチャンスを広げる役割も果たした。それにもかかわらず、今になって「中国に援助してやったのに、感謝もない」といった発言が目につくのは、こうした歴史がきちんと伝わっていないためではないか。実際、中学高校の歴史教科書を見ても、中国が賠償請求権を放棄したことに触れていないものが多い。

 また中国が、A級戦犯も祀られている靖国神社へ日本の首相が参拝することに対して敏感に反応するのは、この神社が戦前の軍国主義を美化しているためでもあろうが、日本人民をかつての軍国主義の指導者たちと切り分け、同じ被害者である日本人民に負担を背負わせない、として、国内の不満を抑え込んだ経緯があるからだ。どういう立場に立つにせよ、このような史実を、日本の人たちはもっと知っておくべきだろう。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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