がん検診を受けると早死にする?放射線検査と「過剰な医療」が寿命を縮める
「胃がん検診を受けたら、偶然、早期のがんが見つかって命拾いした」などと言っている人が、身近に結構いたりしませんか? 乳がんの撲滅をうたったピンクリボン運動をご存じと思いますが、その宣伝塔を務めるタレントも同じようなことを言っていますね。「だから、乳がん検診を受けましょう」って。
今から30年ほど前のことです。米国ミネソタ州にある有名な総合病院「メイヨー・クリニック」が中心になって行った、大規模な追跡調査のデータが世界に衝撃を与えました。この調査は、肺がん検診の効果を確かめるため、タバコを吸っている9211人の男性ボランティアを対象に行われたものでした。
調査では、まずボランティアたちが公平に2つのグループに分けられました。年齢や性別、タバコを吸っている本数などが両グループで揃えられ、人数も同じになるよう調整されたのです。次に、一方のグループに年4回の胸部レントゲン検査を受けてもらうように約束をしました。このグループを「検診群」と呼ぶことにします。もうひとつのグループには、地域で行われている年1回の一般的な健康診断だけを受けるように依頼しました。こちらは「対照群」としましょう。
6年後、「肺がんで死亡した人数」を調べたところ、検診群で122人、対照群で115人となっていることがわかりました。一生懸命に肺がん検診を受け続けた人たちのほうが死亡率は高かった、という驚きの結果だったのです。
過剰な診断
このようなデータを見せられた時、考えるべきことがいくつかあります。
ひとつは、偶然そうなっただけかもしれないということです。もうひとつは、データにねつ造や隠ぺいがあったかもしれないということです。昨年のSTAP細胞論文問題では、論文に掲載された写真に不自然な点があったことから一連の不祥事が暴露されましたが、数値データが中心の追跡調査の論文では、ねつ造などを見抜くのは至難の業です。
幸い、ほとんど時を同じくして、同じ目的の調査が英国、米国、それに旧チェコスロバキアの3カ所で独自に行われていて、結果もまったく同じだったのです。「肺がん検診を受けると、死ぬリスクが高まる」のは、間違いのない事実と考えてよさそうです。
理由もほぼ明らかにされていて、検査で使われるレントゲン線が放射線の一種であるため、発がんリスクを高めてしまうからです。
もうひとつあります。ひとたび「がん」と診断されてしまうと、精密検査、手術、抗がん剤治療、放射線治療など、ありとあらゆる医療が施されますが、中には放置しても構わない腫瘍が相当数あったと思われます。だとすれば、過剰な医療が命を縮めてしまったのではないでしょうか。欧米の専門家は、これを「overdiagnosis(過剰な診断)」と呼び、深刻な事態だとしています。しかし、日本ではまったく話題にされず、この言葉の訳語すらありません。
「肺がん検診を毎年受けると、死亡率が半分に」は正しいのか?
その日本では、40歳以上のすべての人に毎年、肺がん検診を受けるよう勧奨が行われています。厚生労働省のホームページには、次のように書かれています。
「きちんとした科学的データをもとに検討が行われ、その結果を踏まえて市町村で実施されているものです」
科学的データとは、厚労省研究班という名のもとに宮城、群馬、新潟、岡山の4県で一斉に行われた、ある調査の結果を指しているようなので、その概要をまとめておきましょう。
4つの地域では、コンピューターを使えば「肺がんで死亡した人」を簡単に抽出することができ、かつ過去3年間に肺がん検診を受けていたかどうかがわかるようになっていました。そこで、不幸にして肺がんで亡くなった人たち(1035人)が、どれくらい検診を受けていたのかが調べられたのです。ただし比べる相手がいないと評価ができませんから、「現在のところまったく健康」という6713人を同じコンピューターで選び出し、同じ要領で検診歴をカウントしました(対照群)。
その結果、肺がんで死亡した人たちは、前年に検診を受けていた割合が、対照群に比べ半分くらいだったことがわかったというのです(2年前と3年前の検診歴には差がなかった)。当時、この話は全国ニュースとなり、新聞各紙の1面に「肺がん検診を毎年受けると死亡率が半分に!」という見出しが躍っていました。
さて、メイヨー・クリニック調査との違いがどこにあるか、考えてみてください。
その答えは、本連載のタイトル『歪められた現代医療のエビデンス』にも通ずるものですが、簡単ではないため、回を重ねながら明らかにしていきたいと思っています。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)