介護大手ニチイ学館に訴訟、一方的なケアプラン変更&解約で要介護者を見放しか
「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『さんまのホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、あらゆる企業の裏の裏まで知り尽くした新田氏が、ほかでは書けない、「あの企業の裏側」を暴く!
前回記事『介護大手ニチイ学館、劣悪な労働環境にスタッフから苦情続出 悪質な賃金抑制も露呈』では、介護業界の最大手企業・ニチイ学館がブラック企業と言われるゆえんを探ったが、今回は、筆者が相談を受けた同社介護サービスにまつわるブラックな事件を紹介させていただこう。この事件はニチイ学館のみならず、あからさまに同社の肩を持つ裁判所の悪辣な実態を垣間見るにもうってつけのケー スだ。
具体的な介護現場のお話になるので、事前に少々説明させていただく。医療サービスと介護サービス、いずれも公的な保険を使ってサービスを受けられるのだが、仕組みには違いがある。医療の場合、病気になれば病院に行って診察を受け、その場で健康保険を利用できる。しかし同じような公的保険によるサービスでも、介護は違うのだ。いきなり介護施設に行っただけでは、介護保険を利用した介護は受けられない。
介護保険を利用したい人は、まず自治体に対し「要介護認定」を申請することから手続きが始まる。認定調査員が介護の必要な本人に面接し、実際に介護を要することを確認し、その報告書を基にした認定審査の結果、「要介護度」や「介護保険負担限度額」の認定が行われ、「介護保険被保険者証」が発行される。それを持って介護サービス事業者に申込をすれば、必要なメニューを相談、勘案の上で、介護支援専門員(ケアマネジャー)が介護プランを立ててくれる。それによってようやく、介護保険サービスが受けられることになるのだ。
ちなみに混同されがちだが、「ケアマネジャー」は介護プランを立てるところまでが仕事で、実際にプランに基づいて介護サービスを提供するのは「介護士」(ヘルパー)や「看護師」である。
【「要介護度」と「介護保険負担限度額」】
また、自宅で介護する場合はヘルパーさんに家まで来てもらう「訪問介護」という形式をとるが、訪問介護のメニューには「身体介護」と「生活援助」の2つがある。
「身体介護」とは直接身体に触れておこなう介護であり、食事、排泄、入浴のサポートをおこなったり、通院や外出時の移動介護(車椅子への移動、車椅子・歩行介助)などをおこなったりするものだ。
「生活援助」とは日常生活のサポートであり、掃除、洗濯、シーツ交換やベッドメイク、生活品の買物、調理と配膳、話し相手などをおこなうものである。
いずれも所要時間によってポイントが設定されており、それが支払額と連動する。身体介護のほうが、生活援助に比べて若干高い設定となっている。
要介護者への突然のケアプラン変更、解約通知
長くなってしまったが、ここまでの予備情報をご認識いただいた上で本題に入ろう。
ニチイ学館は上記の説明でいうところの「介護サービス事業者」であり、ケアマネジャーを擁している。今回の事件は、「『要介護5』という重篤なユーザーがいるにもかかわらず、同社が一方的にケアプランの作成を拒否し、利用者を放置した」という悪質なものだ。しかも裁判所はその事実に対して被害者側の言い分を認めず、「ニチイ学館側には問題なし」と判断した。なぜこんなことが起きてしまったのだろうか?
今回被害を受けたユーザー・A氏の両親(以下「要介護者」と表記)は、ともに「要介護5」であり、A氏はニチイ学館にケアプラン作成を依頼していた(実際にヘルパーを派遣して介護サービスを提供するのは、ニチイ学館と無関係な別会社だ。こちらを仮にB社としよう)。
A氏は、B社から「こういうケアプランをニチイ学館につくってもらえば、少ない自己負担額でより多くの時間介護してもらえる」とアドバイスを受け、そのような実情に合ったケアプランをニチイ学館側に提案し、そのプランを基にサービスを受けていたのである。それは、「比較的割高である身体介護を減らし、生活援助を増やすことで、同じ出費で長時間の介護をやってもらい、身体介護部分はなるべく家族らがまかなう」という内容であった。
2012年10月まではそのプランのまま継続していたのだが、ニチイ学館側は突如、「今のプランは要介護者の実情と合っていない。11月からは、身体と生活を同じバランスにするプランでおこなう」と提示してきたのだ。
たしかに、要介護者の状況変化に応じてケアプランの変更がおこなわれることは一般的であり、それ自体にはなんの問題もない。しかし、今回のケースでは少なくとも7つの「大きな問題」があったのだ。
(1)11月分のプラン変更の提示があったのが「10月31日」であったこと
行政の介護保険課担当者に確認したところ、「変更がある場合は最低3カ月前にはその旨を提示し、説明を尽くして進めるべきである」と回答している。本件は明らかに性急すぎる申し出だ。
(2)変更後のプランは「要介護者2名の1カ月あたりの自己負担額が24万円増加する」内容であったこと
上記(1)と同じく、直近でそのようなことを言われても、すぐに対応できない内容である。
(3)ニチイ学館側がA氏に「このプランでなければダメ」と強く迫ったこと
厳しい条件である上、プランが作成できなければ介護保険は利用できず、全額自己負担になってしまう。かなりの無理強いである。
(4)プランの内容について抗議すると、ニチイ学館側は「では11月末で解約する」と対応したこと
ニチイ学館からの解約通知は11月24日であり、1週間以内に新しいケアマネジャーを自分で探せ、ということである。
(5)ケアプランを作成するのはケアマネジャーの業務であるのに、同社はA氏に「自分でつくれるなら自分でつくれ」と言い放ったこと
上記(4)とともに、重篤な要介護者を見捨てる行為である。結果的に本件は、ニチイ学館側の対応が「あまりに急すぎる」とのことで行政から指導が入り、2012年12月までのプランは作成されることとなった。しかし、同社はここで行政に対して虚偽報告をしていることが判明している。
不当な手続きで要介護者を見放し?
(6)行政の介護保険課担当者からA氏に対し、「ニチイ学館を説得した。引き続きケアプランを作成させる」と回答があったのに、結局12月末までで契約が終了したこと
ニチイ学館が行政からの要求に対して、適当に回答したことが読み取れる。
結果として本年1月からはケアマネジャーが入らなくなったため、A氏とA氏の両親は介護保険を使えなくなってしまった。日々のケアは引き続きB社が行っているが、訪問歯科診療とかタクシー、訪問介護入浴などのサービスも1月から受けられていない状態だ。B社は、人道的な観点から、本来であれば行政から受けられる9割の保険給付がない中、数十万円に及ぶ介護費用を持ち出しで、訪問介護を提供している。
仮にA氏のやり方をニチイ学館側が気に入らなかったとしても、正当な手続きを踏まず、要介護5の要介護者を見放した罪は大きい。
その後、A氏はニチイ学館のやり口に対して「同社のやった一方的な契約解除は無効である」旨を申し立てる「地位保全」の訴訟をおこなった。しかし先日保全決定が出て、A氏の申し立ては却下されてしまったのだ。なんと、非道なニチイ学館のやり方に「問題なし」とのお墨付きが出たことになる。
しかも裁判資料を読む限り、ニチイ学館側の一方的な言い分が通ったかたちになっているのも気にかかる
(7)急なケアプラン変更に対して、A氏がニチイ学館の担当者に厳しい口調で確認(「どうなってるんだ!?」など)したことを同社は「暴言」「罵詈雑言」であり、「著しく信頼関係を損なった」と主張していること
一方的な解約通知を出してきたことに対して確認している場面であり、納得いかないことに対して厳しい口調になるのは当然である。当の会話は全部録音されており、特に「罵詈雑言」レベルとは感じられない。
本来日本の法律は「弱者保護」に立脚している。労働者の解雇ができにくいのも、大家が入居者をムリヤリ追い出せないのも、この観点からであるはずだ。
裁判官「大企業がそんなことするなんてあり得ない」
しかし本裁判の資料を読み、傍聴している限り、明らかに裁判所はニチイ学館という大企業に肩入れしていることが読み取れる。この裁判所の問題のポイントは2点だ。
(1)裁判官が「ニチイ学館みたいな大企業が、何事もないのに契約解除するなんてあり得ない」と発言をしていること
「だからA氏側に問題があるに違いない」という先入観を持っていることになる。司法がこのような状態でよいのだろうか。
(2)審尋手続後、裁判官はニチイ学館担当者を帰らせたあとでA氏側弁護士に対し「(申し立てを)取り下げないか」と打診してきたこと
A氏側が取り下げれば判決を書かなくてもよくなり、裁判官としては手間がひとつ減るし、上級審で逆転されて自らの判断の誤りを宣言されることを回避できることになる。
弱い立場の顧客を見殺しにするニチイ学館と、大手企業の肩を持ち、自らの評価しか念頭にないように見える裁判所。まずはこのような事態が横行しているという事実を、多くの人に知っていただきたい。
皆さんが普段何の疑いもなく信じている大企業や裁判所も、このようにユーザー無視の暴挙に出てくることがある。思いがけず問題に巻き込まれないよう重々留意いただきたいところであるし、もし困った事態になった際には、筆者宛にご一報いただければ幸いだ。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)