金融庁の報告書「老後2000万円不足」という試算が波紋を呼んでいる。年金だけで老後資金を賄うのは難しい現実を突きつけたものだが、その背後にあるのは厳しい年金財政の現実である。
2019年10月に消費税率が10%に引き上げられる予定だが、公的年金財政の持続可能性を高めるための主な政策手段は2つしかない。一つは負担の引き上げであり、もう一つは給付の削減である。このうち、負担の引き上げは、保険料の引き上げのほか、消費増税などで投入する公費を拡大する方法がある。
また、給付の削減は、毎月の年金額を実質的にカットする方法のほか、年金の支給開始年齢を引き上げる方法などがある。
日本の場合、毎月の年金額を実質的にカットする方法が、2004年の年金改革によって導入された「マクロ経済スライド」である。マクロ経済スライドとは、そのときの社会情勢(現役世代の人口減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みをいう。
2004年の年金改革では、マクロ経済スライドにより、年金の所得代替率(現役男性の平均的な手取り収入に対するモデル世帯での年金の給付水準の割合)を約50%にまで削減するシナリオであった。このシナリオに近いのは、2014年の財政検証のうちの高成長ケースである。高成長(2024年度以降の実質GDP成長率が0.4%~1.4%)を前提とする5ケースでは、現在62.7%の所得代替率は50.6%~51%に低下し、約30年後の給付水準は2割減となる。
また、2014年の財政検証のうちの低成長(2024年度以降の実質GDP成長率が▲0.4%~0.1%)の3ケースでは所得代替率が50%を下回り、このうちのケースHでは、国民年金の積立金が2055年度になくなり完全な賦課方式に移行するとともに、所得代替率が35%~37%になる可能性を明らかにしている。これは、2050年代に給付水準が4割減になることを意味する。
厚生労働省「年金制度基礎調査(老齢年金受給者実態調査)平成29年」によると、現在でも、年間120万円未満の年金しか受け取れない高齢者は46.3%、年間84万円未満の年金しか受け取れない高齢者は27.8%もいる。現在、65歳以上の高齢者のうち約3%が生活保護を受給しているが、マクロ経済スライドの発動で公的年金の給付水準が4割減になると、これから貧困高齢者が急増する可能性がある。