まず、平均寿命まで生きる個人が生涯に受け取る年金は、「支給開始年齢」「平均寿命」「給付水準」を用いて、「(平均寿命-支給開始年齢)×給付水準」と表現でき、公的年金制度では、この値が基本的に一定になるように設計されている。
例えば、平均寿命が85歳、支給開始年齢が65歳、給付水準が100ならば、「(平均寿命-支給開始年齢)×給付水準=(85-65)×100=2000」となる。だが、給付水準が100のままで、平均寿命が90歳になると、「(平均寿命-支給開始年齢)×給付水準=(90-65)×100=2500」になってしまう。この値を2000に収めるため、例えば、給付水準を2割減の80にすると、「(平均寿命-支給開始年齢)×給付水準=(90-65)×80」は2000となる。
しかし、この効果は支給開始年齢の引き上げでも達成できる。平均寿命が90歳になったとき、支給開始年齢を自動的に70歳に引き上げることができれば、給付水準が100のままでも、「(平均寿命-支給開始年齢)×給付水準=(90-70)×100」は2000になり、一定の値に維持できる。
すなわち、支給開始年齢の自動調整とマクロ経済スライドは基本的に同等の効果をもつ。日本の公的年金制度では「繰り下げ」の仕組みがあるため、平均余命の伸び等に伴うマクロ経済スライドの発動で給付水準が削減されても、その削減に見合う分だけの繰り下げを選択すれば、給付水準は維持できる。
これは、給付水準が維持可能な支給開始年齢が自動的に引き上げられているとも解釈できるため、一定の条件が整うと、支給開始年齢の自動調整とマクロ経済スライドは実質的に同等となる。
なお、「一定の条件」というのは、「在職老齢年金制度」による調整があるためである。政府は2019年6月11日に公表した「経済財政の基本方針(骨太の方針)」で在職老齢年金制度の廃止の検討を明記したが、在職老齢年金とは、厚生年金法第46条(支給停止)の規定に基づき、働く高齢者の給与と年金額の合計が一定の基準を上回ると、厚生年金の一部や全額が停止される仕組みをいう。
在職老齢年金制度の対象は労働所得で不動産収入(例:家賃)等は対象外であり、60歳以上65歳未満の「低在老」と65歳以上の「高在老」がある。老齢基礎年金(1階部分)と老齢厚生年金(2階部分)のうち、繰り下げの増額対象となるのは、65歳時の本来請求による老齢厚生年金額から在職支給停止額を差し引いた額である。
現在のところ、低在老で約0.7兆円、高在老で約0.4兆円の給付抑制の効果があり、その廃止には約1.1兆円の財源が必要になるが、在職老齢年金制度を廃止しない限り、その調整を受けるケースでは、支給開始年齢の自動調整とマクロ経済スライドの同等性は修正が必要になる。
(文=小黒一正/法政大学教授)