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関電、歴代首相に盆暮れに1千万円献金、原資は電気料金…原発・カネ・クーデター

文=編集部
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19年10月、会見に応じた当時の八木誠会長(左)と岩根茂樹社長(写真:日刊現代/アフロ)

 20年にわたり関西電力の社長、会長を歴任し、関西経済連合会副会長を務めた小林庄一郎氏が2月4日午後5時50分、心不全のため死去した。97歳だった。葬儀・告別式は近親者で行った。会長時代に関西電力の最高実力者で代表取締役名誉会長に就いていた芦原義重氏と、腹心の内藤千百里(ちもり)副社長を電撃解任した「関電の2・26事件」の“主役”である。

 時計の針を、その時刻に戻してみる。

 1987年2月26日午前10時30分、関西電力の定例取締役会は大阪・中之島の本社11階の第一会議室で開かれた。取締役は30人いたが、病欠などの2人を除く28人が顔を揃えた。

 型通りに議事が進み、最後の第6号議案「その他」に移った。議長の小林会長が突然、こう切り出した。

「緊急動議があります。人事案件についてお諮りします」

 即座に事務方が封筒に入った資料を配った。6月末の株主総会に諮る、来期の取締役候補のリストだった。この種の人事案件は、3月の決算が終了した後の取締役会で審議されるのがセオリーだが、会長の小林氏は“芦原天皇”に不意打ちを食らわせた。リストの末尾に「退任予定者」の項目があって、5人の名前が列記されていた。高齢や病気で退任する人に交じり、名誉会長の芦原氏、副社長の内藤氏が入っていた。関電のドン芦原とその懐刀の内藤の追放を狙ったクーデター劇の幕が切って落とされた瞬間だ。

「週刊朝日」(朝日新聞社/1987年3月13日号)は取締役会のやり取りを生々しく報じた。

<小林氏が「財界筋からも、関西電力の中に不協和音が流れていると指摘されています。社内に業務の遂行に困難な状況が生まれているのは確かで、全社員がうって一丸となれるよう、多少早いのですが、新役員の人事を決めたいと思います」と趣旨説明を行うと、隣の席の芦原氏が(小林の)言葉をさえぎるように発言した。

「慣例にないことだ。こんなもの違法ではないか」

 口調は淡々としていたが、興奮のあまり腹が大きく波打っていた。つづいて内藤氏が「ちょっと待て、小林。大恩ある人をこんな目にあわせて、お前、それでも人間かッ!!」と怒鳴ったが、小林氏は少しもひるまず「どうせ、キミがそのぐらいのことをいうのは覚悟しとったよ。動議に賛成の人は手を挙げ続けてください。事務局、数えて」と採決を促した。賛成したのは出席した28人中22人。圧倒的多数で可決された>