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ホンダ、軽蔑するトヨタの“猿真似経営”で普通のメーカー化…聖域・技術研究所にメス

文=河村靖史/ジャーナリスト
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本田技術研究所本社(「Wikipedia」より/ウェルワィ)

 ホンダが創業者の本田宗一郎氏のこだわりを捨て去る組織改革に乗り出す。ホンダは4月1日付けで、本田技術研究所が手がけている市販用四輪車の開発部門をホンダ本体に移管することを決めた。しがらみのない技術研究所で自動車開発に専念できることが、技術でライバルをリードするホンダの競争力の源泉だったはずだが、あっさりとその看板を下ろす。しかも「社員の多くがもっとも軽蔑するトヨタ自動車」(ホンダ社員)と似たような戦略を相次いで打ち出している。普通の自動車メーカーになるホンダに明日はあるのか。

「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」

 技術一筋で静岡県の町工場を世界的な自動車メーカーへと成長させたホンダ創業者である本田氏は、自動車メーカーにとって研究開発力がすべてと考え、1960年に研究開発部門を分離・独立させて本田技術研究所を創設した。以来、現在に至るまでホンダの四輪車は技術研究所が開発し、ホンダに新型車の設計図を販売する形態をとっている。

 大手自動車メーカーの研究所は一般的に基礎研究が中心で、研究所が市販車を開発しているのはホンダだけだ。技術研究所で新型車を開発するのは、エンジニアが仕事の形態の異なる製造や販売、経理などの部門から独立して、予算の制約や、生産や販売現場からの要望など、よけいな雑音に惑わされず、自由な発想で失敗を繰り返しながら研究開発に専念するのが目的だ。

 実際、本体から独立した技術研究所があるからこそ、ホンダはライバルの先を行く独創的な技術を実用化してきた。当時、世界でもっとも厳しい排ガス規制で、クリアするのは不可能といわれたマスキー法に適合する世界初のエンジン「CVCC」の開発に成功した。軽自動車で初となる3速フルオートマチック(AT)「ホンダマチック・トランスミッション」は、その後のAT車が普及するきっかけとなった。

 ほかにも世界初となる舵角応動型4輪操舵システム(4WS)や、可変バルブタイミングリフト機構を採用した「VTECエンジン」など、他社がマネできない先進的な技術を実用化してきた。技術だけではない。「シビック」「アコード」といったグローバルでのベストセラーカーや、「シティ」「オデッセイ」「フィット」といったヒット車を生み出せたのも、技術研究所の力が大きい。

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