ホンダが創業者の本田宗一郎氏のこだわりを捨て去る組織改革に乗り出す。ホンダは4月1日付けで、本田技術研究所が手がけている市販用四輪車の開発部門をホンダ本体に移管することを決めた。しがらみのない技術研究所で自動車開発に専念できることが、技術でライバルをリードするホンダの競争力の源泉だったはずだが、あっさりとその看板を下ろす。しかも「社員の多くがもっとも軽蔑するトヨタ自動車」(ホンダ社員)と似たような戦略を相次いで打ち出している。普通の自動車メーカーになるホンダに明日はあるのか。
「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」
技術一筋で静岡県の町工場を世界的な自動車メーカーへと成長させたホンダ創業者である本田氏は、自動車メーカーにとって研究開発力がすべてと考え、1960年に研究開発部門を分離・独立させて本田技術研究所を創設した。以来、現在に至るまでホンダの四輪車は技術研究所が開発し、ホンダに新型車の設計図を販売する形態をとっている。
大手自動車メーカーの研究所は一般的に基礎研究が中心で、研究所が市販車を開発しているのはホンダだけだ。技術研究所で新型車を開発するのは、エンジニアが仕事の形態の異なる製造や販売、経理などの部門から独立して、予算の制約や、生産や販売現場からの要望など、よけいな雑音に惑わされず、自由な発想で失敗を繰り返しながら研究開発に専念するのが目的だ。
実際、本体から独立した技術研究所があるからこそ、ホンダはライバルの先を行く独創的な技術を実用化してきた。当時、世界でもっとも厳しい排ガス規制で、クリアするのは不可能といわれたマスキー法に適合する世界初のエンジン「CVCC」の開発に成功した。軽自動車で初となる3速フルオートマチック(AT)「ホンダマチック・トランスミッション」は、その後のAT車が普及するきっかけとなった。
ほかにも世界初となる舵角応動型4輪操舵システム(4WS)や、可変バルブタイミングリフト機構を採用した「VTECエンジン」など、他社がマネできない先進的な技術を実用化してきた。技術だけではない。「シビック」「アコード」といったグローバルでのベストセラーカーや、「シティ」「オデッセイ」「フィット」といったヒット車を生み出せたのも、技術研究所の力が大きい。
崩れる社内のパワーバランス
しかし、ホンダは4月1日付けで、技術研究所にあるデザインなど、一部を除く四輪商品開発機能を、ホンダ本体に移管することを決めた。これによってホンダ本体にある営業、生産、購買の各部門と開発とを一体運営する。エンジニアは、新型車開発で生産や購買、営業と開発当初からすり合せするなどして生産しやすく、営業部門が売りやすいクルマの開発に比重が置かれることになる。独創的な技術力を武器に、一からのし上がってきたホンダが普通の自動車メーカーになるということを意味する。
量産車開発を移管された後の技術研究所は、自動運転や電動技術など、先進領域の研究開発に特化する会社となり、ホンダ社内のパワーバランスも崩れることになりそうだ。というのもホンダは技術主導の自動車メーカーだけあって、技術系の発言力が強い。それは現在でもホンダの正式社名が「本田技研工業」と、「技研」が入っていることでもわかる。
ホンダの歴代社長は全員が技術系で、とくに技術研究所の社長は、ホンダの社長になるための登竜門でもある。現在のホンダ社長である八郷隆弘氏を除いて、ホンダの社長は全員が技術研究所の社長経験者だ。逆にいえば技術畑ながら本流ではない八郷氏がホンダの社長となったからこそ、今回の開発体制の改革が断行されたといえる。ホンダの事業の柱である四輪車の開発機能がホンダ本体に移ることによって、技術系の発言力が社内で低下するのは避けられない見通しだ。
ホンダは開発の独創性を捨てるだけではない。万人受けするクルマを量産し続けることから、ホンダの社員が「もっとも軽蔑する」と言われているトヨタに似通った施策を相次いで打ち出している。
ホンダは4月1日付けで役員体制を変更し、現在の執行役員と管理職層の最上位級を「執行職」に集約すると発表した。トヨタが2019年1月に階層を減らすため、専務役員以上を「役員」、常務役員、常務理事。基幹職1級・2級、技範級を「幹部職」に集約したのとほぼ同じ内容だ。
それだけではない。トヨタは「自動車メーカーからモビリティカンパニーになる」と宣言、2018年10月にソフトバンクとモビリティサービスを構築する合弁会社「MONET(モネ)テクノロジーズ」を設立したほか、2019年10月には国内の系列ディーラー、レンタカー店でカーシェアリングサービスの提供を開始するなど、モビリティサービスに本格的に進出している。
これに対してホンダは、トヨタが出資するモネテクノロジーズに資本参加して周囲を驚かせただけでなく、今年2月にはモビリティサービス事業を企画立案・運営する新会社「ホンダモビリティソリューションズ」を設立し、トヨタに追随するようにモビリティサービスを展開しようとしている。
そこには新しい技術やビジネスモデルで市場を自ら切り拓いていこうという思想は見受けられない。トヨタの規模を小さくした普通の自動車メーカーになろうとしているホンダの将来性を危惧する声が強まっている。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)