日産自動車の業績悪化が止まらない。その背景には、カルロス・ゴーン元社長の不正行為による企業イメージの悪化や、中国経済の減速、さらには世界的な自動車販売の低迷など複合的な要因がある。
日産の業績は、同社の株式の43%を保有するフランスのルノーの業績にも大きく影響する。ルノーの業績が落ちると、当然、同社の筆頭株主であるフランス政府にも影響する。マクロン大統領としては、産業政策上の成果を示すためルノーと日産の経営統合を実現し、国民に対するアピールを強化したいところだろう。
日産にとっては、業績の低迷に加えてルノーとの関係など複雑な問題が絡み合い、今後の経営展開は一段と不透明になっている。日産経営陣は試練を迎えているといってよい。日産の経営陣に求められることは、中国の販売動向をはじめとするリスク要因に対応しつつ、ゴーン事件の動揺を落ち着かせ、組織の改革や新型車の開発などで新しい需要を創出することだ。それは、口で言うほど容易なことではない。しかし、今、それができるか否かが日産の将来を大きく左右することになる。日産経営陣の責務は重い。
ここへ来て一段と深刻化する業績悪化
現在、日産の業績がかなり深刻だ。2019年10~12月期の純利益は261億円の赤字だった。当初、40円と計画されていた年間の配当は10円に落ち込む見通しだ。その要因の一つとして、戦略上重要な市場である中国や米国において、日産は自動車を売ろうにも、売り上げが伸びない状況に直面しているようだ。この状況が続くと、過剰な生産能力が一段と顕在化し、収益性が低下しかねない。日産がこの状況から脱するためには、かなりの改革が不可欠だろう。同社は、企業としての実力を問われる状況に直面しているといってもよい。
4~9月期の累計でみると、日産にとって最大の販売市場である中国では、販売台数が減少している。すでに、中国経済は経済成長の限界を迎えている。2019年の新車販売台数は前年から8.2%減少した。さらに、2020年1月の販売台数は春節の影響なども重なり前年同月比18%減少した。特に、乗用車に至っては同20%の減少と、落ち込み方がかなり厳しい。
懸念されるのは、中国政府の景気対策にもかかわらず、自動車販売が上向いていないことだ。昨年、中国政府は増値税(付加価値税)を引き下げたが、新車販売は減少傾向をたどっている。新型肺炎の影響から中国の個人消費などにかなりの影響が発生していることを考えると、先行きは楽観できない。
また、中国に次ぐ主要市場である米国で日産の販売台数は前年同期比9.1%減少した。これは、上期の減少率を上回っている。米国で日産は販売奨励金に依存したマーケティングを展開してきた。その一方、新しいモデルの投入が遅れるなどし、消費者は日産の自動車に魅力を感じなくなりつつある。
そのほか、国内や欧州、その他の新興国などの地域においても日産の販売台数は減少している。中国経済の減速を受けて、東南アジアや南米の新興国やドイツなどで景気の減速懸念が高まっていることを考えると、日産の事業環境は一段と不安定化する恐れがある。
過小評価できない新型肺炎の影響
中国、湖北省武漢市で新型コロナウイルスによる肺炎が発生したことの影響も軽視できない。肺炎の発生により、中国では自動車をはじめとする産業で生産活動に遅れが生じている。その結果、日産やその取引先企業は、中国から部品を調達することが困難になり、福岡県にある日産工場では生産ラインが一時停止された。なお、日産以外にも、トヨタやホンダなど、他の国内自動車メーカーやそのサプライヤーにも影響が広がっている。
本来であれば、日産は固定費を中心にコストの削減を進めつつ業績の安定を目指さなければならない状況だ。そのタイミングで、生産を一時停止しなければならなくなったことを受け、今後の業績は一段と見通しづらくなっている。また、いつ、どのように新型肺炎の感染が収束するかもわからない。今後、国内外で新型肺炎による自動車の生産への影響が追加的に発生し、生産体制がさらに混乱する懸念は排除できない。
新型肺炎は中国の新車販売にもかなりの影響を与えるだろう。2月以降、新型肺炎の影響から中国の自動車販売が一段と落ち込むと警戒を強める市場参加者は少なくない。中国の自動車市場がさらに冷え込めば、欧州や米国などの自動車メーカーはさらなる収益の落ち込み圧力に直面するだろう。それは、雇用環境の不安定化などにつながり、日産の収益環境に無視できない影響を与えるだろう。
ゴーン元会長による不正行為により、日産の企業イメージは大きく傷ついてしまった。それは、販売減少の大きな要因の一つだ。それを払しょくするには時間がかかるだろう。その間の収益の落ち込みに対応するために、同社は構造改革に取り組まなければならない。その上に、中国などでの収益の落ち込みが重なることは、日産が追加的な資産の売却やブランドの削減などに踏み込まなければならなくなることを意味する。中国における新型肺炎の発生は、日産という企業の体力を大きく低下させる要因の一つと考える必要があるだろう。
不透明感高まるルノーとのアライアンス体制
また、日産の業績の悪化は同社の株式の43%を保有する仏ルノーにとっても痛手だ。2019年12月期、ルノーは10年ぶりの赤字に陥った。その背景には、ゴーンが注力した高級ブランドの不振や、日産の業績悪化に伴う損失計上などが影響している。ルノーの業績悪化は、ルノー・日産・三菱自動車のアライアンス体制に無視できない影響を与えると考えるべきだ。
ルノーの株式の15%はフランス政府が保有している。2015年、当時、経済相の職にあったマクロン現大統領はルノーに対する議決権拡大を目指した。これに関して、フランス政府が自国の自動車産業の強化を狙い日産とルノーの経営統合を目指そうとしたと考える経済の専門家は多い。
現時点でフランス政府はそうした考えを全面に出してはいないとみられる。しかし、マクロン政権がルノーと日産の経営統合をあきらめたと判断するのは早計だろう。マクロン氏は産業政策を推進して成果を示したい。そのために、ルノーと日産の関係強化は重要といえる。自動車産業は先端分野の研究開発や雇用に大きく影響する。そうした分野で成果を実現することはマクロン氏が有権者の支持を獲得し、EU各国への発言力を高めるために重要だ。やや長めの目線で考えた時、ルノーはフランス政府の意向をくんで日産に対する影響力の拡大を目指す可能性がある。
日産はルノーの出方を警戒しつつ、部品共通化を進め、原価の削減に取り組んできた。また世界の自動車業界は経営統合や提携が進み、寡占化している。日産が競争に対応し長期の存続を目指すために、ルノーとのアライアンス関係は重要だ。
これまでの展開をもとに考えると、今後も日産はルノーからの要求に対応しつつ、独自性を維持したいはずだ。それは、わが国の産業競争力のためにも欠かせない。日産が経営の独自性を保つために、経営陣は早期に業績を安定させ、さらには改革を進めることで実力を示さなければならない。それができるか否かによって、日産およびアライアンス体制の将来は大きく変わる可能性がある。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)