新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界の主要航空会社が崖っぷちに追い込まれている。わが国の航空会社も例外ではない。そのなかで日本航空(JAL)の業績および財務内容の不安定感が明確に高まっている。同社の2020年3月期の連結決算内容によると、2月まで同社の収益は前年比横ばい圏で推移してきたものの、3月に入り国内・国際線ともに旅客が大幅に落ち込んだ。
世界の航空業界は、いうまでもなく、これまでに経験したことがないほどの厳しい状況に直面している。感染を食い止めるために世界各国が国境や都市を封鎖し、人の移動が遮断されている。入国の禁止や制限を受けて航空便の減便が相次ぎ、オーストラリアでは第2位の航空企業が経営破綻に陥った。まさに、需要が消滅してしまったというべき状況だ。
今後、JALをはじめ国内航空業界はより強い逆風に直面する可能性が高い。“オマハの賢人”の呼び名で知られる著名投資家のウォーレン・バフェット氏は、米大手エアライン株をすべて売却したと明らかにした。百戦錬磨のプロをもってしても、感染がどう収束するか、その後の航空業界をはじめ世界経済がどうなるかはかなり読みづらい。海外の航空業界では、抜本的な改革を重視する企業も出始めた。JALには、これまでの教訓を生かしキャッシュの確保と中長期的な成長機会の確保への注力が求められる。
これまで規模の拡大を追求してきたJAL
歴史的にJALはリスク管理や事業の効率性を重視するよりも、規模の拡大を追求して経営を進めてきた側面が強い。その背景の一つとして、同社が国策会社として発足したことは重要だろう。政府には民間企業と異なり採算性や効率性を重視する発想がない。それが、同社の経営風土に強く深い影響を与えた可能性は冷静に考えるべきだろう。
この点を確認するために、近年の同社のヒストリーを振り返っておきたい。リーマンショックが発生するまで、JALはひたむきに規模の拡大を追求した。2008年9月15日、リーマンショックの発生により、その経営は行き詰まった。リーマンショックは、金融市場の混乱を発端に、世界経済をマイナス成長に陥れた。その結果、世界の航空業界はファーストクラスやビジネスクラスの需要低下に直面した。その中、JALは収益が減少すると同時に過去の投資負担などから財務内容が悪化した。
2010年1月、JALは2.3兆円の負債を抱えて経営破綻した。同社は3500億円の公的資金の注入を受けつつ、京セラ創業者の稲盛和夫氏を経営トップに迎えることで再建を進めた。稲盛氏の下、JALは資産売却や不採算路線からの撤退を進めると同時に、個々の路線の収支管理などを徹底した。見方を変えれば、経営破綻に陥り、外部の知見が持ち込まれるまでJALにはコスト管理を徹底して効率的な事業運営を目指しつつ、顧客満足を向上する風土が醸成されていなかったとみられる。
12年9月、JALは再上場を果たした。それ以降、同社の収益は比較的堅調に推移した。その大きな要因として、JAL自身の改革に加え、米国を中心に世界経済全体がそれなりの落ち着きを維持したことは大きい。FRB(連邦準備理事会)は低金利政策を重視し、それを追い風に米国の個人消費は緩やかに回復した。それが中国をはじめ新興国経済などの安定感を支えた。その中で日本はインバウンド需要の取り込みに注力し、国内外の旅客需要が増大してJALの業績が拡大した。
規模拡大に伴う新型機納入計画の不安
コロナショックの発生によって、JALの実力が問われ始めたともいえる。つまり、経営破綻を経てJAL経営陣が組織全体に採算性やリスク管理を徹底できたか否かが問われている。
感染拡大を抑えるために世界各国が動線(人の移動)を遮断し、航空旅客をはじめ需要が忽然と消えてしまった。需要の大幅な落ち込みと供給の制約を乗り切るために、企業は徹底して支出を抑え、兎にも角にもキャッシュを確保しなければならない。航空企業は飛行機を飛ばすことができなければ収益を生み出すことができない。この根本的かつ最も重要なポイントを経営陣が確実に理解しているか否かによって、今後の企業経営にはかなりの影響が出るはずだ。
やや気になることが、JAL経営陣が先行きのリスクをどう考えているか、ステークホルダーに明確になっていないと考えられることだ。それを確認する材料の一つとして、新型機の納入に関する考え方がある。4月末時点で、JALはエアバスのA350-900型機の納入計画を堅持している。同社はその理由として、ほとんど完成している機体の受領延期が難しいこと、既存機種との入れ替えによって運航面の効率改善を図ることを挙げている。
ただ、現在、航空機を飛ばそうにも需要がない。運航面の効率改善を重視すべき状況ではない。この考えから、新型機の納入を計画通りに進めることに疑問を抱く市場参加者もいる。あるベテランアナリストは、「2020年3月期の第2四半期以降、JALのフリーキャッシュフローはマイナスだ。今、経営陣はキャッシュのアウトフローを減らさなければならない」と話していた。なお、機種は異なるが、ANAは4月に納入予定だったエアバスの超大型機A380の納入延期を固めたと報じられている。
2012年の再上場以降のデータを見ると、JALは保有する航空機の台数を増やしてきた。コロナショックによって世界の航空需要が消滅している状況下、経営陣が新機種の導入計画を維持していることを見ると、規模の拡大を重視する同社の経営風土はいまだ根強く残っているように思える。
足元で業績・財務リスクの上昇懸念
JALは20年3月期の期末配当を見送った。新型機の納入計画を堅持しつつも、経営陣は今後の事業環境が一段と厳しさを増し、財務面などにかなりの影響があると警戒している可能性がある。仮にそうであるなら、経営陣はこれまでの経営戦略を見直し、支出を徹底して削減しなければならない。
冷静に考えると、コロナショックの影響から世界経済の成長率はさらに落ち込むだろう。それに加え、米国では多くの企業が株主への価値還元を優先して自社株買いを進め、財務レバレッジが高まってきた。多くの企業において債務が積みあがる一方、自己資本の比率が低下している。その上にコロナショックによる需給の崩壊が加わり債務超過に陥る企業が出ている。
一例として、3月末時点で米アメリカンエアラインは債務超過だ。アメリカンエアラインは連邦政府から58億ドル(約6200億円)の金融支援を受けた。同社は追加の支援を申請しており、政府からの支援規模は円換算で1兆円を超える規模に達する可能性が高い。これはJALをはじめ日本の航空業界にとって他人事ではない。
また、独ルフトハンザは40機超の航空機を削減しつつ、破綻処理をも模索している。その背景には当面の難局を乗り切ると同時に、アフターコロナを視野にできるだけ早く構造改革を進める狙いがあるのだろう。突き詰めていえば、ルフトハンザ内部にはコロナショックを支出削減などで乗り切ることは難しく、抜本的な改革を進めるために破綻処理は避けられない可能性があるとの見方があるのだろう。それは、今後の事業環境の変化に対応して設備投資や人材の確保を進めるために重要となる可能性がある。
世界の航空大手の取り組みを見ていると、JALの対応が十分とはいいづらい。むしろ、事態を楽観しすぎている、あるいは、リスクを感じつつも決断しあぐねているように見える部分がある。今こそJALは経営破綻の教訓を生かして、自力で生き残ることを目指さなければならない。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)