今年の夏ダイヤ(3月29日から)から始まる東京都心の上空を進入着陸に使う新ルート。運用直前になって国土交通省は、1月末から2月12日まで実際に乗客を乗せた国内線・国際線合計520便で安全性や騒音について「実験」を行った。私の知り合いの米国大手のパイロットからは、乗客を乗せた定期便を使ってのトライアル運航を行ってもいいものなのかと疑問が寄せられた。同感である。
南風のときに都心上空を飛ぶ新しい運用では、世界の大空港では例のない3.45度の急降下を伴う進入と、ダブルRNAVと呼ばれる平行滑走路に東側から同時に進入させる、これも世界で初めての試みが含まれている。
世界で初めて行う2つの進入方式は、本来は乗客を乗せずに空(から)の航空機でテストすべきであるが、国交省は乗客には一切事前告知せずに実施したのである。何か事故でもあったらどうするつもりであったのか、この点だけとってみても国民の命よりも経済性を重視している国の考えが如実に表れているといってよいだろう。
さて、このテストフライトによってすでに事前に懸念されていたいくつかの事実が明らかになった。その第1は、都心上空に進入した初日の2月2日に落下物の報告があったことである。場所は練馬区と板橋区の区境に位置する住宅地上空で、17時1分にある親子が一緒に航空機から黒い物体が落下するのを目撃し、すぐ近くの東長崎駅前交番に届け出た。この件は現在調査中であるが、情報が具体的であるので信頼性に疑いの余地はないだろう。
第2としては、騒音値が国交省が説明していたよりもかなり大きいことがわかったことである。これまで国交省は、騒音値は最大でも80デシベルと説明してきたが、実際にはたとえば大井町で85デシベル(ある民放での計測では87デシベル超)、川崎コンビナートへの離陸経路下では90デシベルと学校では授業できない状況であった。
そして第3としては、エアカナダとデルタ航空が急角度の進入について、安全性が担保できないとして成田に向かったり進入を拒否するという事例が発生したのである。
パイロットと航空会社が加盟する国際団体が安全上の懸念を表明
1月20日、世界100カ国以上、10万人以上のパイロットが加入するIFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)と約290の世界の航空会社が加盟するIATA(国際航空運送協会)は共同で、今回の3.45度という大空港では例のない急角度の進入について安全上の懸念を表明。実際にIATAとデルタ航空は国交省に出向き、これを止めるように要求したのだ。
見解では進入中にGPWS(対地接近警報装置)が急激な効果に対して警報を発出する恐れと、オーバーランの可能性にも言及している。降下率については毎分1100フィートにもなる可能性を指摘、これは日本の航空会社が定めている毎分1000フィート以下とする「スタビライズド・アプローチ」の要件を超えたものである。さらに気温が高くなると3.45度が3.8度にもなるとも述べている。
日本の大手航空会社にはこっそり別の方法を指導
日本経済新聞の記事で「ダブルスタンダード」と表現された、国交省がANAとJALとこっそりと交わした姑息な進入方法を説明しよう。実は国交省は、去年7月末に突如として発表した3.45度の急角度の進入について、しりもち事故やハードランディング、それにオーバーランといった危険な事故が生じる心配をしていたのである。
国交省が自治体に説明をした図表を見るとわかるが、一番上の実線が表す3.5(3.45)度に対して、破線で大井町付近で3.0度に合流する案を推奨していたのである。これは3.5度ではなく3.0度で着陸してほしいという国交省の本音の表れであった。それを受けて、ANAが考えた方法が次の図表(2)である。
これによると中野駅付近上空でのFAF(最終降下地点)の3800フィートから一旦3.77度という急降下を行い、1500フィート(大崎付近)で3.0度に立て直して最終的に3.0度で着陸しようとするものである。これらの方式はいずれも最終的には計画発表以来6年間説明してきた3.0度による着陸をするもので、3.45度はそれまでより各地点で高度差ができるため騒音が低くなると説明したことが嘘であったと自白したようなものだ。
国交省が発行するパンフレット「羽田空港のこれから」のなかでも、しきりと3.45度の導入は騒音対策だと説明しているがすべて虚偽の説明であったのである。このパンフレットや各家庭に配布したチラシ等の広告、広報費用に5年間に10億4000万円もかけながら、その中身は羽田空港には落下物はなかったとか3.45度によって騒音を低くできるといった虚偽の説明ばかりであったのである。
ちなみに、誰が考えてもこれまで羽田空港には海上ルートを使って進入していたので落下物は海に落ちていたにすぎないことで、これは子どもでもわかることである。
話を戻すが、国交省とANAとJALも本音では3.45度の進入は危険を伴うことを知っているため、最終的には3.0度に修正して着陸するようにパイロットに提案しているのだ。ではほかの航空会社や外国の航空会社はどうであろうか。
これまでのところ国交省はANAとJAL以外の航空会社には、途中で3.0度に修正する方式について説明せず、各社に検証を求めることも行っていない。つまりANAとJAL以外の世界中のパイロットは、自ら経験したことのない3.45度の進入を行うことになり、完全にダブルスタンダードとなるのである。
ちなみにANAとJALのパイロットのなかにも、国交省の推奨する途中で3.0度に修正する方式をとらない者も少なからず発生するであろう。その理由は、FAFから一旦3.77度(夏には4度を超す)にもなる急角度で降下させると、GPWSによる“シンクレート”という降下率の警報が鳴ったり、高層ビルとの接近率によって発出される“テレイン”という衝突警報が出されると進入を止めゴーアラウンド(進入復行)を行わねばならないからだ。
本来、今回導入されたRNAV進入という計器着陸方式は、パイロットが誰でも同じ操作を行うことが前提で、それぞれのパイロットが異なった方法を行うべきでなく、ましてや一部の技量が優れたパイロットが「俺ならできる」というものであってはならない。東京都心の地理に詳しくない外国のパイロットであっても、経験と技量が十分でなくても、ライセンスを持ったパイロットならすべて安全に着陸できるものでなくてはならないはずだ。
3.45度の真相を隠すからウソの上塗りになる
この都心新ルートが発表された2014年から、進入角は3.0度とずっと説明されてきたのだが、2019年7月末に突如3.45度の進入が発表された。その理由は、アメリカ側が横田空域の特定の場所(中野付近上空)を高度3800フィート(約1222メートル)以上の高度に設定してその下を米軍機が飛べるように求めたためである。そして、それは去年1月の日米当局での会議で合意され、国交省は急遽A滑走路端との作図を行い、結果として3.45度という角度となってそれに合わせてRNAV進入を作成したものである。
以下はそれを裏付ける去年の航空会社の内部資料の一部である。国交省と共有すると書かれたこの資料をそのまま添付する。
来たる猛暑日には事態はさらに深刻に
3.45度という進入角は世界の大空港では例がなく、3.0度が標準となっている。急角度の進入が行われている空港は、山や障害物を避ける必要のあるところがほとんどであり、小型機ばかりである。
国交省が反論として鬼の首をとったかのように例示する3.5度のサンディエゴ空港では、小中型機だけで大型機は運航されていない。最初に述べたデルタ航空もサンディエゴ空港に運航しているが、それは小型機であり羽田空港では大型機も運航されるので問題視しているのである。大型機は慣性力が強く、いわば小回りが効かないので着陸操作でフレアーと呼ばれる機首上げ操作を誤ると事故につながるのである。
実はこの3.45度という角度は標準大気の条件で出されるもので、たとえば35℃という高温になれば3.7度を超える角度となる。理由は航空工学上長くなるので省略するが、航空機の実高度が高くなるためである。加えて地上での騒音値も約10%以上上がることも国交省も認めている。
そうなると大井町付近では約94デシベル、川崎コンビナート付近では約100デシベルとなる。理由は気温が高くなるとエンジンの性能が低下するため、より出力を上げる、つまりふかす必要があるためだ。
進入角が3.7度ともなればおそらくすべてのパイロットは恐怖心を持つだろうし、実際に事故が多発するだろう。地域住民にとっては深刻な生活被害が生じるだろう。日本の夏で猛暑日は年々増加しているがそれは6月から9月までと年間の3分の1の期間中のことだ。このような都心新ルートの安全性については、以前にこの連載で指摘しているので、それを読んでもらいたい。
さて、3月に住民の代表が国交省に、新型コロナウイルス感染拡大や経済低迷で航空便が減少しているなかで新ルートの運用を延期する考えがあるかと要請を行ったが、答えは「予定通り実施する」(菅官房長官)とのことだった。これだけ問題が多い新ルート、少なくとも延期して、その間に再度議論をすることも行わないというのである。
この問題でも表れているとおり、今の政権はいったん決めたらその後問題点が明らかになっても修正も行わない。国交省の役人も、真相を隠しウソの上塗りを繰り返している。先頃、森まさこ法務大臣が突然、東京高検検事長の定年延長問題で法解釈を変更すると表明し、それに辻褄を合わせるように毎日答弁を変更して、ついに問題発言が飛び出したが、国交省航空局の役人もそうならないように祈るばかりである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)