全国で新型コロナウイルス感染症の再拡大が問題になるなか、北海道内最大のクラスターが発生した旭川市の慶友会吉田病院(263床)の公式ホームページ上で12月1日に公開された、ある文章が医療関係者を中心に大きな反響を呼んでいる。文章には自治体や大学病院から支援を受けられない不条理や疑問に関して訴える内容で、同文書を呼んだ東京都内の医療従事者からは「まさに我々が直面している医療崩壊」「よくぞ書いてくれた」と共感の声が上がっている。
北海道や吉田病院の公表資料などによると、同病院では11月6日、看護師ら2人の感染が確認。翌日には7人に増加したことから、旭川市保健所はクラスターと認定。全職員と入院患者に対してPCR検査を始めた。しかし、同病院には末期がん患者や重い障害を持つお年寄りが多数入院しており、感染は拡大。先月下旬には入院患者の4割、職員の1割にあたる120人超が感染し、入院患者12人が死亡した。
そして12月1日、同病院のホームページに「新型コロナウイルス感染症発生のお知らせ(第19報)」と題する文章が公開された。文末には医療法人社団慶友会理事長・吉田良子氏の署名が記されていた。以下、原文のまま引用する。
吉田病院が公開した文書
新型コロナウイルス感染症発生のお知らせ(第19報)
本件クラスターについては、感染症指定医療機関でなく防護資材・設備に制約のある当院にとっては、独力での対応が困難であることが当初より明らかであったため、関係機関と協議・調整を図りつつ、これまで対応を進めて参りました。その過程において、様々な不条理や疑問を感じるところもございましたので、その概略についてここに明らかにしておきたいと思います。
1. 旭川市保健所について
吉田病院においては、11月6日(金)にコロナ陽性患者が発見され、同日直ちに保健に報告して協議に入り、その方針指示に全て従う形で全力で対応してまいりました。とりわけ、感染患者の処置を行いつつ通常の医療・看護業務を行うことは極めて困難であるため、感染者の他病院への転院調整、について保健所に強く要請を続けてまいりましたが、結果的にそれはかなわず、多くの患者が院内にとどめ置かれることとなり、クラスターの拡大を招く結果となりました。
転院調整が遅々として進まなかった理由はいったい何であったのか? また、その中にあって指示された感染対策は、それぞれ適切なものだったのでしょうか?
2. 旭川市役所について
コロナウイルスの感染ならびに風評被害によって勤務困難となった医療従事者が多数発生し、「医療崩壊」とも言うべき状況となってしまったことから、旭川市に対してはこれを「災害」と認定して、自衛隊看護師の派遣、感染予防具の供給、等を道に依頼して欲しいとの要請を行いました。しかしながら西川市長からは「公共性」「非代替性」を満たさないとの理由から即座に却下され、ここでも対応が遅れる事態となり、その後の更なる感染拡大を招く事態となりました。
地域住民の健康と生命が脅かされる今般の事態において、クラスター拡大を抑えることが「公共性」を欠いていると判断した理由は何だったのでしょう? また、「代替」する解決方法としては具体的にどのような手段をお考えだったのでしょう?
3. 旭川医大病院について
前述の転院調整が進まなかった理由のひとつに、旭川医大病院による感染患者の受入拒否方針がありました。同院は「地域医療の最後の砦」であることを理由にあげていますが、この建前を言葉通りに受け取るわけにはまいりません。なぜなら、クラスター発生と同時に、それまで当院に派遣していた非常勤医を、自己都合でいっせいに引き上げるという措置を取ったからです。感染と風評被害によって、ただでさえスタッフが急減に不足している医療現場において、そのような非道な措置をとることは、すなわち「医療崩壊」の引き金を自ら引くことにほかなりません。
「地域医療の最後の砦」において、このような信じがたい意思決定がなされた理由はどういったものだったのでしょうか?
現在はDMAT(災害派遣医療チーム)の派遣をいただき、事態は徐々に沈静にむかっていますが、ここにいたる労苦を思う時、上記の疑問は拭いきれないものがあります。
引き続き、クラスターの収束に向け精進してまいりますので、皆様ご支援のほど、お願い申し上げます。
広がる医療関係者の共感
この文章に対して、陸上自衛隊幹部は次のように語る。
「自衛隊看護師の数は絶対的に足りていません。人員を出すにしても、要望にすべて応えるのは難しかったかもしれませんが、感染予防具などの支援はできたかもしれません。東日本大震災や熊本地震、北海道胆振東部地震などを経て、不測の事態に対して自衛隊が機動的に出動できる枠組みはできています。
自治体から要請があれば、旭川駐屯の第7師団を中心に支援できたのではないかと思います。孤立無援な状況がいかに前線で戦う人々の士気をくじくのかは痛いほどわかります。人を助ける力や枠組み、人員がいても、それがうまく回らなければなんの意味もありません。身につまされます」
東京都内の病院に勤務する男性内科医は中小病院の現状を踏まえて次のように話す。
「ここまで書くのは覚悟いることだと思います。次々になすすべなく患者が亡くなっていくことは、医療従事者であっても深いショックを与えます。心中、本当にお察しします。人の命を預かる者の矜持を感じました。保健所や自治体、ましてや提携先である大学病院に対しても臆することなく、ここまで率直に疑問を口にするくらい、本当に現場は地獄だったのだと思います。
文章で指摘されている通り、今春の第一波の時と医療現場はなにひとつ変わりませんでした。感染者の少ない地域から人的・物的リソースを機動的に運用するというプランも、結局、厚生労働省の掛け声だけでした。暫定的に『指定感染症』に位置付けられている新型コロナウイルス感染症の法的扱いも来年2月まで延長されることが決まり、指定解除に伴う軽症者の在宅療養の可能性も消えました。
クラスターが発生すれば、『医療を守る』という大義名分で吉田病院さんのように切られておしまいです。太平洋戦争中に南の島に取り残された日本軍のようですが、これが現実です」
また都内の私立大学付属病院に勤務する女性看護師も共感の意を示した。
「今の状況は、みんなが自分のところだけで精一杯なので、旭川医大病院さんのくだりを読んで、うちの病院もそうするだろうなと思いました。それぐらい医療現場は余裕がありません。もともと誰かの命を守りたいと思う人たちが勤めている病院ですらそんな状況なのですから、お役所はもっとそうだと思います。
保健所もどこかの病院の対応だけに関わっているわけではないでしょう。何度も報道されている通り、人員が足りないことも痛いほどわかります。それでも政府や自治体は、感染拡大第一波からこれまでの間、いったい何をしていたんだろうと思います。Go Toで経済を回すことも大切ですが、まったく医療現場の状況は改善されません。このままずっと各病院に負担を押し付けるつもりなのでしょうか」
クラスターを発生させた病院がこうした意見を表明すること自体、賛否を含め物議を醸すことだろう。だが、そうせざるを得ない状況に追い込んだのはいったいなにか。今すぐにでも検証を始めるべきなのかもしれない。
(文=編集部)