米WTI原油先物価格は3月18日、前日比7.1%減となった。下げ幅は、WTI原油価格がマイナスを記録した昨年4月以来の大きさだった。「新型コロナウイルスワクチンの接種で経済活動が活発化し原油需要が回復する」ことへの期待が高まったことやOPECとロシアなどの大産油国(OPECプラス)の減産合意などから、3月半ばまで原油市場は強気ムードが支配的だった。
OPECプラスは3月4日、現在の協調減産の規模を4月まで1カ月延長することで合意した。サウジアラビア単独で実施されていた日量100万バレルの追加減産も1カ月延長されることになった。「原油価格はこのところ上昇基調にあるものの、新型コロナウイルス感染拡大による需要減からの回復はいまだ脆弱である」と考えるサウジアラビアが今回の決定を主導したとされている。
その後、市場では「新型コロナウイルスの変異種の感染が広がる欧州を中心に景気回復が遅れ、原油需要に悪影響が出る」との懸念が生じていたが、原油価格が暴落した前日(17日)に公表した月報で国際エネルギー機関(IEA)は、「世界経済のコロナ禍からの回復を背景に原油相場が長期にわたり上昇する『スーパーサイクル』に入った」との観測について否定的な見解を示した。「世界の原油市場は日量250万バレル以上の供給不足になっていることから、原油価格が1バレル=100ドルに達する」との観測が相次いでいたが、「OPECプラスの余剰生産能力は日量930万バレルと過去最大の水準となっている」ことから、IEAはこれをきっぱりと否定したのである。
同時に発表した今後5年間の市場予測でも「原油需要がコロナ危機以前の水準に戻るのは2023年である。コロナ禍による勤務や旅行のスタイルの変化や各国政府の低炭素化目標によって不可逆的な変化が生じたことから、世界のガソリン需要はコロナ危機以前の水準に二度と戻らないかもしれない」との見解を示した。
「米国で1兆9000億ドル規模の追加経済対策が実施されることから原油需要が急回復する」との期待がある一方、「バイデン政権が景気対策の財源を補うために検討している富裕層やガソリンなどへの増税が原油需要の回復を妨げる」との見方も出ている。
WTI原油価格に影響を与える米国の原油在庫は今年2月まで順調に減少していたが、2月中旬に米国の石油産業のメッカであるテキサス州を襲った大寒波のせいで原油処理量が大幅減となったことから、原油在庫は再び増加基調になっており、足元では3カ月ぶりに5億バレルを超える水準となっている。
原油市場では強気筋と弱気筋が共に価格変動に備えてヘッジを急いでいたことから取引高が拡大していた(3月17日付ロイター)が、過熱警戒感の強まりを背景に買い持ちしていた投機筋が弱気材料をみて一気に利益確定の「売り」に動いたようである(3月20日付日本経済新聞)。
世界の金融市場に漂うインフレ懸念も原油市場に悪影響を与えている。日米欧などの企業物価指数や生産者物価指数をみると、昨年秋から今年冬にかけての上昇トレンドが鮮明になっているが、異例の上昇の原因は原油をはじめとする資源高である(3月21日付日本経済新聞)。商品市場は、インフレ環境で利回りを見いだすのに適した資産と受け止められ、その恩恵を受けることが多いが、インフレが行き過ぎると需要の落ち込みやドル高への懸念が足かせとなる(3月19日付ブルームバーグ)。
中国の不動産バブルの懸念
世界の金融市場で金利上昇が発生しているが、このままのペースで上昇が続けば、世界の経済、特に中国などの過剰債務国に大きなダメージを与えることになりかねない。
中国人民銀行の調査統計局長だったエコノミストは3月中旬、「中国政府が金融政策の引き締めを通じて資産バブルを抑制しようとすれば、巨額の経済的損失をもたらすリスクがある」と異例の警告を行った(3月17日付ブルームバーグ)。中国銀行保険監督管理委員会(銀保監会)の郭主席は2日、「中国の不動産バブルの懸念」について言及した。郭氏は昨年12月にも不動産バブルのことを「灰色のサイ」に例え、「中国の金融安全を脅かす最大の危険要素である」と語っている。銀保監会によれば、中国の各金融機関から貸し出されている不動産関係の融資残高は約775兆円に達している(昨年初めの時点)。
日本経済が1990年代以降低迷を続けている理由は不動産バブル崩壊にあると考える中国政府は、あらゆる手段を講じて不動産バブルの崩壊を回避してきたが、2月20日付コラムで述べた通り、不動産価格の高騰が出生数の大幅減を招く事態となっている。このような事情から中国では「4月から全国の金融機関が住宅ローン業務を全面的に停止する」との情報が飛び交っている(3月19日付現代ビジネス)。
中国の社債市場では、当局の引き締め策の影響を受けて、今年に入りすでに100億ドル規模のデフォルトが起きている(3月19日付ブルームバーグ)。3月19日に開催された米中外交トップ会談での非難合戦を嫌気して、株式市場でも「パニック売り」が起きている(3月19日付ブルームバーグ)。
IEAは「25年までの原油需要の伸びの9割はアジアが占める」としているが、その中核を成してきた中国の需要は今後も順調に拡大するのだろうか。
思い起こされるのは、08年7月に1バレル=147ドルの最高値をつけた原油価格がその後急落し、2カ月後にリーマンショックが起きたということである。同じことが起きると断言するつもりはないが、原油市場の変調は、コロナバブルへの警戒感が高まる世界の金融市場で今後起きる大変動の予兆なのかもしれない。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)