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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オーケストラだけで使われる特殊用語…「かぎ針」「震え」「松葉」ってどういう意味?

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 中学の英語の授業で、トマトは「トメィトウ」と発音しなくてはダメだと習いませんでしたか。

 僕もロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者としてアメリカで暮らしていた時には、一生懸命「トメィトウ」と発音していました。しかし、その後、イギリスに移住し、イギリス人の友人と話していたら、「あれっ?」と思う瞬間があったのです。驚くことに、僕の耳には彼の発音は「トマト」と聞こえます。実際には「トマトゥ」なのですが、では中学校時代の英語教師が「篠崎くん、違う違う。トメィトウです」と訂正されていたことはなんだったのだろうかと思います。

 なぜそんなことを思い出したのかというと、アメリカでケチャップが不足していることが大問題になっているというニュースを見たからです。

 ケチャップは、イギリスでは発音も含めて「トマト・ソース」です。ケチャップの語源は、中国に数百年前からある「ケ・ツィアブ」という、ナンプラーのような魚を発酵させた調味料と考えられています。それがイギリスに伝わり、新しいソースといった意味合いで、イギリス人も独自にキノコでつくった「キノコ・ケチャップ」や、魚介類やフルーツでつくったケチャップを考案。そんな習慣がアメリカに渡り、当時注目され始めていたトマトでつくった新しいソースを、「トマト・ケチャップ」として米ハインツ社が大量生産したそうです。

 それが今では、ハンバーガーやフライドポテトだけでなく、人によっては焼いたチキンにケチャップをかけただけで食べるほどに普及しており、ケチャップがなければアメリカ人はすぐに途方に暮れてしまうでしょう。日本人にとっての醤油に近い存在だと思います。

 そんななか、このコロナ禍でアメリカ人もレストランでの飲食を控え、デリバリーやテイクアウトが主流となって、ミニパック入りのケチャップが大量に消費され、ミニパックのケチャップ不足になったようです。とはいえ、アメリカに行ったことがある方はわかると思いますが、マクドナルドでフライドポテトを1つだけテイクアウトするとしても、店員はケチャップのミニパックを5~6個無造作に掴んで、どさっと袋に入れてくれます。正直、そんなおおざっぱなところがある国なので仕方がないとも思います。

 それまで手づくりしていたケチャップをハインツが、マヨネーズをヘルマンが、大量工業生産に成功して世界的な大ヒットを飛ばしたように、今、日本でも当たり前のように食卓に並んでいる調味料のなかには、アメリカ発祥のものが結構多くあります。また、怪我をした際に傷口を苦労してガーゼと包帯で覆う手間を、あっという間に解消したジョンソン・エンド・ジョンソンの「バンドエイド」もそうですが、アメリカは、発想の転換がそのまま世界的大成功に結びついてきた国であることは間違いありません。

 考えてみたら、アメリカの普通の家庭や町の小さなレストランでつくられていたハンバーガーやフライドチキンが、ファストフードチェーンによって、これほどまでに世界を席巻してしまうというのは、アメリカ人の発想と行動力はすごいと思います。

オーケストラの特殊用語

 さて、同じ英語圏にもかかわらず、トマトひとつをとっても発音が変わってしまうアメリカとイギリス。仕事を始めたばかりの外国人指揮者にとっては、音符名まで違うことが悩みの種です。

 初めてイギリスのオーケストラを指揮した際に、「マエストロ、この『かぎ針』だけど、どう演奏したらいいのですか?」「この『震え』の音は合っていますか?」などと楽員から尋ねられたときには、何のことを言われているのか、まったくわかりませんでした。

 実は、これらは単純に音符の名前だったのです。僕たちが日本の学校で習った四分音符や八分音符は、それぞれアメリカ英語の「Quarter(4分の1)note」「Eighth(8分の1)note」の直訳です。

 ところがイギリスでは伝統的に、四分音符は「Crochet(かぎ針)」、八分音符は「quaver(震え)」と呼ばれており、もちろんアメリカ的な呼び方でも理解はしてくれますが、向こうからの質問ではあくまでもイギリス風に「かぎ針」「震え」となります。こんなことは日本の音楽大学では教えてくれなかったし、現地で習得することなのでしょうが、何も知らずに訪れた若い頃の僕は困った記憶があります。

 実は、日本のオーケストラでも特殊な表現はあります。たとえば「みなさん、弓を飛ばしてください」などと言ったら、知らない方は「え? 弓をどこかに投げるの?」と驚かれると思います。これは、弦に弓を弾ませながら当てて、短めに生き生きと弾く「スピッカート」という奏法です。オーケストラの弦楽器奏者が一斉に弓を放り投げるわけではありません。

 ほかにも、「松葉」という音楽記号もあります。これは、だんだん音を大きくする「クレッシェンド」や、だんだん小さくする「デクレッシェンド」の音楽記号が、松の葉に似ているので、日本ではそのように呼ぶのです。ちなみに、英語圏ではやはり形が似ている「ヘアピン」と呼びます。

 海外の指揮者に対しては、日本のオーケストラも英語でコミュニケーションをとるので問題ありませんが、外国人の演奏家が初めて日本のオーケストラに入団したとしたら、日本人の指揮者や同僚から「弓を飛ばして」「松葉をしっかりと守って」といった指示が飛び交うなかで、目を白黒させるかもしれません。帰宅してから、和英辞典を調べても、松葉は「松の葉」としか書かれていないので、理解できないでしょう。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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