佐川急便、中国製EVトラックを7千台採用…日本の自動車メーカー、EV商用車でも海外勢に劣勢
あのベンツもEV化
スロースターターの日本を尻目に、ヨーロッパと米国、そして中国のEV(電気自動車)化はますます進んでいる。そのなかで最近のビッグニュースは、メルセデス・ベンツの完全EV化宣言だろう。2030年には発売する新車をすべてEVにすると発表した。
そのために8つの電池工場の新設など、30年までに5兆2000億円を投じるという。大金を投じてメルセデス・ベンツはエンジン車の開発、販売を止め、自社をEV専業にするというわけだ。さて、そんなビッグな話はまったく聞こえてこない日本はどうするのか。
ドイツの高級車メルセデス・ベンツを「ベンツ」と呼んできた人たちには、このニュースは寝耳に水かもしれない。しかし、ベンツは30年も前から脱エンジン車を宣言してきた。第1弾は1990年代初頭に発表した燃料電池車「ネッカーⅠ」であった。石油ではなく水素で走る自動車だ。さらに2010年代のフランクフルトモーターショーでは、2年ごとのショーでEVのコンセプトモデルを発表、今日、それらが次々と市販EVとして登場している。
燃料電池トラック
しかし、ベンツの燃料電池車宣言から四半世紀、トヨタの開発努力にもかかわらず燃料電池車は次世代車としていまだ確かな地位を確立できていないのだが、トラックで復活しそうだ。ディーゼルトラックならぬ燃料電池トラックである。ただし、日本の耐久レースに出場している水素をエンジンで燃やす水素エンジン車ではない。
燃料電池トラック登場の理由はいわずもがな、2050年の二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロであり、欧米を中心にトラックのCO2排出規制が強まっているからだ。解決策は電動化だが、10トン以上の大型EVトラックとなると、搭載する電池が非常に多くなり、重く、高価になってしまう。また充電時間も長くなる。
そうした大型のEVトラックは非現実的だという声が響くなかで登場したのが、燃料電池トラックである。すでに米国ロサンゼルスの港では、トヨタ自動車の「ミライ」の燃料電池を2基搭載した18輪の超大型トレーラーが実証試験を行っている。
トラックのCO2排出量規制
EUでは18年の運輸部門のCO2排出量は25%で、1990年の15%から10%も増えている。その70%を占める自動車のCO2削減は急務である。ちなみに日本の運輸部門のCO2排出の割合は、全体のおよそ15~18%で、うちトラックの占める割合は37%だ。
そのため、EUは大型トラックのCO2排出量を2030年までに19年比で30%削減する。また、米国カリフォルニア州は45年までにすべてのトラックをEVあるいはFCEV(燃料電池電気自動車)にする規制を導入している。台数が多く、それだけ大量のCO2を排出する乗用車はもとより、大量輸送の要であるトラックにも脱炭素の要請が強まっている。
そこでダイムラーは、30年に販売するトラックの60%を燃料電池車あるいはEVにするとしている。すでに18年に大型EVトラックの「eアクトロス」を実用化している。また、ヨーロッパでダイムラーのトラック部門と市場を二分するボルボ・トラックスは、30年に欧州で販売するトラックの半分をEVに、VW傘下のスカニアは30年までに販売するトラックの半分をEVにする。ヨーロッパのトラックは次々に電動化される。
日本のEVトラック、バス
一方、日本は6月に総重量が8トン以下のトラックの販売を40年までにすべて電動車にすると決めたばかりで、まったくのスロースターターだが、国土交通省は「地域交通のグリーン化事業」を掲げ、15カ所でEVバスの導入を促進し始めた。
日本のトラックメーカーのEV化が遅きに失したとはいえ、脱炭素に踏み切るには理由がある。もちろんその第一の理由は50年CO2ゼロであり、その世界的な動向を菅政権が追認したことだ。第二の理由は、欧米各国のトラックのEV化である。国内のトラックメーカーとの提携関係も含めて早晩、輸入トラックのEV化が進むことは目に見えている。国内勢としては立ち向かわないわけにはいかない。
攻勢を強める中国のEVバス
そうしたなか、フルラインでEVトラック・バスを揃える中国BYDは、EVバスで日本に攻勢をかけている。すでに沖縄、京都、福島、岩手、東京、千葉等にEVバス「J6」を販売している。全世界では6大陸に5万台のEVバスを販売している。EVトラックの日本への上陸も視野に入っているはずである。
ちなみに日野自動車は、上記のBYDのバスのOEM供給(相手先ブランドによる生産)を受けた「ポンチョZEV」を22年に発売する。ベースは上記のBYDのJ6で、乗員は30人、105キロワット時のリチウムイオン電池を搭載し、モーターの最高出力は161キロワット(219馬力)、航続距離はおよそ200キロメートルと、路線バスとしては十分な性能である。
はじまったEVトラック・バスの共同開発
そこに「いすゞ」が加わり、トヨタの先導で始まった商用車の共同開発連合でトラックの電動化に取り組む。22年には小型のEVトラックを開発、発売する。主に宅配用途で、航続距離は100キロメートルほどである。また、ダイムラー傘下の三菱ふそうトラック・バスは、すでに17年にEVトラックの「eキャンター」を投入している。
35年以降、エンジンの新型車の販売を禁止するEUは、大型トラックのCO2排出量を30年までに19年比で30%削減するとしている。そうしたEUにはずいぶんと後れを取ったが、日野、いすゞの参入で日本のトラックのEV化もようやくスタートラインに着いたようだ。
日本の運輸業者、国産EVを諦めたか
しかし、メーカーの遅い動きとは裏腹に、トラックのユーザーである運輸業界の脱炭素の動きは速い。国内メーカーの動きの遅さに業を煮やしたか、すでに海外メーカーのEVトラックに目をつけている。
その背景には、政府の規制=炭素税と、ESG投資という脱炭素の金融業界からの要請もある。脱炭素化に遅れると、運輸業界は融資を受けられなくなる。当然、モノ言う株主からの脱炭素の要求も強まっている。遅い国内メーカーのEV開発を待ってはいられないのだろう。
SGホールディングスグループの佐川急便は、中国の広西汽車集団から軽のEV商用車を7200台採用する。自社の環境対応のアピールと今後の炭素税、ESG対応と思えるが、消費者の近くを走る宅配車のEV化の宣伝効果は大きい。また、運転手の大幅な疲労軽減も図れ、効果は大だ。
EVは運転の疲労が少ない。とくに停止、発進の繰り返しが多い街中のトラックでは、EV化されるとドライバーの疲労は格段に軽減される。労働環境の改善という副次効果は想像以上だろう。
広西汽車集団の軽トラックの納車は22年9月である。130~150万円といわれる国内の軽商用車(エンジン車)と同等の価格というから、軽商用車を販売するダイハツ、スズキ、三菱も腰を落ち着けてはいられないはずだ。
EV商用車は運輸業者の福音書
宅配等、市街地で使われる商用車は、軽自動車に限らず、走行距離が短く、走行経路も一定している。これは市街地の商用車をEVに替えた場合、少ない量の電池で十分に使えることを示している。電池が少なく、走行距離も短ければ充電時間も短くて済む。また、充電設備も簡単なもので済むことを示すものだ。車両価格は安く、維持費も安い。EVは商用車に向いているのである。
また、市街地を走行する商用車は発進停止を繰り返すので燃費が悪い。しかし、ガソリン代に比べてEVの充電の電気代は5分の1ほどだから、商用EVの維持費は安く、この点でも小型エンジン商用車のEV化は、ユーザー=運輸業者にとって福音なのである。
それでもエンジン車にこだわるのか
EV乗用車はすでに米国、ヨーロッパ勢に日本のシェアは奪われつつある。大型EVトラックの開発、販売もまたヨーロッパ、中国に一日の長がある。その上、市街地を走行する小型商用車あるいは小型トラック、バスも、海外勢とくに中国勢に奪われないとは限らない。それを示すかのように、中国国内で47万円のEV軽自動車(宏光)の輸入が始まろうとしている。
こうしたEVの動向にもかかわらず、それでもまだエンジン車、ハイブリッド車にこだわるとすれば、550万人の自動車産業従事者の生活はどうなるのだろうか。
(文=舘内端/自動車評論家)