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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

誰がラピダスに半導体を生産委託するのか?狂気的な速度で微細化するTSMCの事情

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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ラピダスのHPより

日本列島を駆け巡った衝撃的なニュース

 2022年11月10日(木)夜7時のNHKニュースが、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が出資する半導体の新会社「Rapidus(ラピダス)」が設立され、5年後の2027年に2nmプロセスノードの先端ロジック半導体を量産すると報じた(図1、NHKニュース)。

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 翌11日(金)には、経済産業大臣の西村康稔氏が記者会見を行い、研究開発基盤「LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)」が次世代半導体の基礎研究についてラピダスが量産化を担うこと、政府は700億円の開発費を拠出すること、2nmプロセスの開発のノウハウは米IBMから獲得すること等を発表した(図2)。

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 その後、日本の半導体業界は、降って湧いたラピダスの話題で盛り上がり、テレビや新聞などのマスメディアが報道合戦を繰り広げ、ジャーナリスト、アナリスト、学者などの有識者(とそうでないものも多数いる)が、賛否両論の記事を書き続けて今日に至っている。筆者も英語のニュース番組『NHKワールド JAPAN』に出演して、ラピダスが直面する問題をキャスターとのQ&A形式で解説した。この番組で述べたラピダスの問題は以下の通りである。

(1)2nmのロジック半導体を開発し、量産する技術者をどう確保するのか?
(2)世界で奪い合いになっているEUV露光装置を導入できるのか?
(3)台湾積体電路製造(TSMC)、サムスン、インテルですら苦労しているEUVを使いこなすことができるのか?
(4)そもそも、2nmで何をつくるのか?

 このなかで(1)~(3)は多くの記事が取り上げている問題でもあり、改めてここで説明はしない。本稿では、筆者が出演した上記番組では一言しか触れられなかった(4)を取り上げる。

 ラピダスは2nm以降のロジック・ファウンドリーを実現しようとしているが、そもそもファウンドリーとは何かという本質的な問題を論じる。そのケーススタディとして、ファウンドリーの売上で世界シェア50%以上を独占し、最先端の微細化で独走しているTSMCについて考察する。

ロジックとファウンドリー各社の微細化の状況

 図3に、ロジックとファウンドリー各社の微細化の状況を示す。最先端の微細化を独走するTSMCは、2019年に世界で初めて7nm+という技術世代(テクノロジー・ノード)のロジック半導体の孔パタンにEUVを量産適用した。2020年には、複数の配線にもEUVを使う5nmが立ち上がった。その後の5nm+と4nmは5nmの改良版であり、その次の技術世代の3nmについては2022年後半に立ち上がる予定だったが、歩留りが上がらず、苦戦していると聞いている。

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 TSMCを追撃しようとしているサムスンは、技術世代の数字だけは7nm、6nm、5nm、4nm、3nmとTSMCと遜色ないように見える。しかし、量産規模がTSMCより桁違いに少なく、5nm以降については歩留りがかなり悪いらしい。3nmの歩留りについては絶望的で、2nm生産の練習を行っていると噂されているほどである。

 米インテルは2016年以降、EUVを使う以前の10nmが立ち上がらずに苦しんでいた。この状況は5年以上続いた。昨年2021年1月、インテルの8代目のCEOに就任したPat Gelsinger氏は、インテルの新しいロードマップを発表した。そのロードマップによれば、インテルが初めてEUVを適用するのは「intel 4」という技術世代とされた。この「intel 4」を使ってつくられるプロセッサ(Meteor Lake)は今年2022年後半に出荷予定だったが、それは絶望的となった。そして来年2023年中も出荷が危ぶまれている。図3では、「7nm」に「×」と書いたが、これが「intel 4」に該当する。

 このように、半導体のトップ企業3社がEUVを使った最先端のロジック半導体やプロセッサの立ち上げに苦しんでいる。そのような状況のなかで「いきなりラピダスが2nmをつくれるはずがない」という意見が出るのは、至極当然であると思う。

田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばすTSMC

 図4にTSMCの技術世代ごとの四半期の売上高の推移を示す。TSMCは0.25μm以上のレガシーな世代から、最先端の5nmまで、ほぼ万遍なくすべての技術世代の半導体を量産し続けている。TSMCは一度建設した、ある技術世代の半導体工場を永続的に稼働させ続けている。そして、最先端の微細化の技術世代がその上に追加されている。こうして、まるで地層が積み重なるように、あらゆる技術世代の半導体をつくり続けている。

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 このTSMCの微細加工に関わっているある知人が、TSMCが狂気的な勢いで微細化を進めている状況を、次のように語っていた。

「10年位前の微細化は、欧州のアウトバーンを時速200kmでぶっ飛ばしているような感じだった。その後、微細化がスローダウンしてきたのは事実だが、それでもTSMCは田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばしていて、そのあぜ道の幅が年々狭くなってきており、ちょっと運転を間違えると田んぼに転落してしまうほど危うい。しかし、依然として時速100kmでぶっ飛ばし続けている」

 それでは、なぜファウンドリーのTSMCが田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばさなくてはならないのか。実は、ファウンドリーのTSMCにはロードマップがないと思っている(意思がないと言ってもよいかもしれない)。TSMCは、あくまで受託生産のファウンドリーであるから、TSMCに生産委託するファブレスの言う通りに生産しているだけである。となると、TSMCに「田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばさせている」のは一体誰なのか?

TSMCのお尻をぶっ叩いているのは米アップル

 TSMCに最先端の微細化を強引に進めさせているのは、iPhoneを販売しているアップルである。アップルは1年間で約2.3億台のiPhoneを販売する。そのiPhone用に毎年常に最先端のプロセッサ(正しくはアプリケーション・プロセッサと呼ぶ)の生産をTSMCに委託している。

 図5に企業別の四半期ごとのスマートフォンの出荷台数を示す。アップルだけが第4四半期に特徴的に大きなピークがあることが分かるだろう。これが、米国のクリスマス商戦の凄さである。アップルは毎年12月だけで8000~9000万台のiPhoneを販売するのである。

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 逆にいうと、アップルは毎年12月に8000~9000万台のiPhoneを売らなくてはならない。そのために、毎年毎年、新しい機能をつけ、バッテリーの持ちがよく、高性能なiPhoneをつくらなくてはならない。その高性能は、TSMCが最先端プロセスで生産するプロセッサに依存している。このように、アップルが毎年高性能プロセッサを2.3億個以上、TSMCに生産するように要求し、ファウンドリーのTSMCが死に物狂いでそれに応えているというわけである。

 そして、TSMCが狂気的な速度で微細化を進める背景には、アップルが最大のカスタマーであるということも大きく影響している(図6)。やや古いデータで恐縮であるが、2020年のTSMCの売上高約5兆円のうち、25%以上の1.3兆円がアップルのビジネスだった。加えて、TSMCの最先端プロセス(2020年は5nm)の90%をアップルが独占していた。

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 このように、TSMCが世界最先端の微細化を独走することになった背景には、TSMCにとって最大のカスタマーであるアップルがiPhone用に毎年最先端のプロセッサを要求しているという事情がある。要するに、これが受託生産(ファウンドリー)の本質であると筆者は思う。

ラピダスは2nmで何用の半導体をつくるのか?

 ラピダスに関する報道では「2nm」ということだけがクローズアップされており、それで何用の半導体をつくるのかということが、よく見えてこない。しかし、ラピダスがファウンドリーであるとしたら、どこから生産委託を受け、何用の半導体をつくるのかということが決定的に重要であると思う。もしかしたら、2nmの技術を確立すれば、その後、その技術を求めてファブレスが生産委託をするかもしれない、という考えがあるかもしれない。要するに「鶏が先か卵が先か」という問題である。

 本稿では、最先端の微細化を(ヒイヒイ言いながら)独走し、ファウンドリーの売上の50%超を独占しているTSMCのビジネスについて分析した。このようなTSMCの成功例に倣えば、「ファウンドリービジネスとは、まず生産委託ありき」ではないかと筆者は思う。したがって、ラピダスが成功するか否かは、2nmが立ち上がるかどうかも大問題だが、ラピダスに生産委託するファブレスがいるのかどうかが最も本質的な課題であると考える。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

【お知らせ】

12月9日(金)にサイエンス&テクノロジー主催で、『半導体不況&台湾有事の危機とその対策の羅針盤』と題するセミナーを行います。本稿で論じた話題沸騰中のラピダスも急遽取り上げることにしました。詳細はこちらをご参照ください→https://www.science-t.com/seminar/A221209.html

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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