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アマゾン、頑なに労組結成を阻止する理由…反対を促すため社員に工作活動まで展開

文=山口伸/ライター、協力=小久保重信/ニューズフロントLLPパートナー
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「amazon.co.jp」より

 世界を代表するEC企業として知られる米Amazon.com社(以下、アマゾン)だが、同社に関しては近年、アメリカでの労働組合結成に反対するような動きがみられる。2021年4月にアラバマ州の物流施設で行われた労組結成の投票では、会社側が社員に対して反対票を投じるよう促すキャンペーンを実施したようだ。22年4月にはニューヨーク州の物流施設で労組結成が可決されたものの、アマゾンは労組との交渉を拒否する姿勢を見せている。利益確保が目的であることは明らかだが、なぜアマゾンは執拗(しつよう)に労組結成に反対する動きを見せているのか。ニューズフロントLLPのパートナーとして海外テック企業の記事を多数執筆する小久保重信氏の解説を交え、労組結成に反対するアマゾンの意図に迫った。

労組結成に反対し続けてきたアマゾン

 アマゾンの動きを見ていく前に、アメリカの労働組合結成に関する仕組みを解説する。アメリカで労働組合を結成するにはまず、従業員の30%以上から賛成署名を集めNLRB(全米労働関係委員会)に提出する必要がある。だがこれで結成とはならず、NLRBが職場で選挙を行い、同選挙で賛成が過半数を上回れば労働組合の結成が認められる仕組みとなっている。

 そしてアマゾンは労組結成を問う選挙で反対票が上回るよう強くキャンペーンを行ってきた。先述のアラバマ州の物流施設における選挙では賛成738票、反対1798票と結果的に否決されたが、反対票を投じるよう促す張り紙がトイレの個室に貼られるなど、アマゾン側の強い反対姿勢が報じられている。また、労組結成が否決されるようコンサルを雇ってまで反対運動を行っていたようだ。アマゾンのキャンペーンには福利厚生の拡充など従業員のメリットを訴求するような施策も含まれるが、こうした動きには会社側の強い危機意識がうかがえる。

 一方で22年4月にニューヨーク州の物流施設「JFK8」で行われた選挙では賛成票が上回り、米国のアマゾンで初の労働組合が結成された。しかしアマゾンは23年7月時点でも労組との交渉を拒否する姿勢を見せている。これに関してはNLRBが是正措置を命じているが、進展はないようだ。

反対理由は利益だけではない

 労組結成にアマゾンが反対する理由として第1にあげられるのは利益の減少だろう。ニューヨークで結成された労働組合は最低賃金を18ドルから30ドルへと引き上げるよう要求しているが、同物流施設では8000人以上の従業員が働いている。仮に要求が通った場合、2億300万ドル(約300億円)も営業費用が増えることになると小久保氏はいう。全社の営業利益に対する割合は小さなものだが、同施設以外でも労組結成の動きが波及した場合、会社にとってその影響は大きなものとなるだろう。だが、利益そのものだけが反対理由ではないと小久保氏はいう。

「アマゾンは主要事業であるECのほか、サブスクリプションやクラウド(AWS:Amazon Web Services)などさまざまな事業を展開しています。これら3事業で売上の9割以上を占めますが、各事業にライバルがいる状態でありアマゾンは危機感を持っています。そのためアマゾンは『第4の柱』を確立すべく17年にホールフーズを買収して実店舗事業を開拓したほか、医療サービス企業の買収などを行ってきました。しかし、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが報じたように新事業はどれも成功していないようです。こうした状況で利益の減少は投資の原資が減ってしまうことを意味します。アマゾンは経営の自由度を下げないよう労組結成に反対していると考えられます」(小久保氏)

 アマゾンは利益を積極的に新事業などへ再投資し続ける企業として知られる。アメリカで確たるシェアを握るEC事業も、それによって拡大してきた。利益を少しでも多く新規事業の開拓に使いたいアマゾンにとって、労組結成は足かせになると考えられる。

労組を信用しないアメリカの労働者

 一方で労働者側も一枚岩ではないようだ。結成の可否を問う選挙の結果を見ると意外にも反対票が多い。初の労組結成に至ったニューヨーク州の選挙でも賛成票2654票に対し、反対票2131票と差は大きくない。

「もともとアメリカで労組は普及しておらず、労組の組織率を比較すると日本が16.5%(2022年6月時点)であるのに対し、アメリカは10%程度しかありません。アメリカでは個別交渉が基本で、決裂すれば従業員は他の会社に移ります。労働者が労組を信用していないのです。また、労組自体もアメリカでは主に製造業で組織されてきました。アメリカの産業形態が製造業からサービス業へと移行したことも、国全体として労組結成が起きづらい環境要因の一つといえます」(同)

 日本の大企業では入社と同時に労組に入るのが一般的だが、アメリカでは異なるようだ。そもそも組織率が低ければ、日本の労働者のように皆が入っているから自分も入ろうとする心理も働かないのだろう。

日本と同じモノサシで見てはいけない

 日本の企業が労組に反対すると大問題になりそうだ。だがアマゾンに関しては日本と同じように捉えてはいけないと小久保氏はいう。件の労組が要求しているのは最低賃金18ドルから30ドルという大幅な引き上げであり、30ドルは4000円以上にもなる。10円単位で最低賃金の引き上げを求める日本とは事情が大きく異なる。そのうえでアマゾンは福利厚生の拡充によって労組結成を阻止しようとする取り組みも行ってきた。

「アマゾンは反対票を投じそうな労働者に限定してキャリアアップコースを低額または無料で提供する施策を行いました。キャリアップコースではプログラミングを教えるコースなどを提供しているようです。こうした施策が労働者の不満を抑え、反対票につながったとも考えられます」(同)

 こうした背景を考慮すると、アマゾンの労組結成をめぐる争いは単純な「強者vs.弱者」の構図ではないのかもしれない。「経営の自由度」を維持したいアマゾンと、取り分をできるだけ大きくしたい労働者側の争いは今後も続くことだろう。なおアマゾンはAIやロボットを積極的に活用し、物流施設におけるコストカットや労災対策を進めてきたと小久保氏は言う。将来的には労組結成を提唱する者がいなくなってしまうかもしれない。

小久保重信/ニューズフロントLLPパートナー

小久保重信/ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、JBpress『IT最前線』や日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」で解説記事を執筆中。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。
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Twitter:@skokubo

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