ROE経営の落とし穴 株主への利益還元ブームが企業を滅ぼす?社員への還元が成長を生む
株主への利益還元を積極化する動きが目立っている。
富士フイルムホールディングス(HD)は、2017年3月期までに自社株買いと配当によって、2,000億円強を株主還元に充てるという方針を打ち出している。カシオ計算機は当期純利益の9割を自社株買いと配当に充てる。金属加工機械のアマダは16年度までの2年間、当期純利益の全額を自社株買いと配当に充てる。インテリア大手のサンゲツは、3年間で当期純利益を上回る配当と自社株買いを行うという。
それ以外にも、日本ユニシス、日清紡HD、明治HDなどが相次いで株主還元を積極化することを表明しており、これらの企業に限らず、株主に対して利益還元を積極化する動きは上場企業全体の傾向として加速している。
背景にあるのはROE
こうした動きの背景には、従来にも増してROE(株主資本利益率)への関心が高まっていることがある。ROEとは、株主から調達した資本を元に、どれだけ効率的に利益を生み出しているかを示す指標であり、日本企業のROEが欧米企業のそれと比べて低いことは従来から指摘されていた。それに追い打ちをかけたのが「伊藤レポート」だ。
伊藤レポートとは、伊藤邦雄・一橋大学大学院商学研究科教授(現・特任教授)が座長を務め、14年8月に経済産業省から公表されたものだ。その中で、「最低限8%を上回るROE を各企業はコミットすべき」ということが提言されているのである。
これに多くの機関投資家が反応した。例えば、議決権行使助言会社大手の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、ROEの過去5年間平均が5%を下回る企業の株主に対して、取締役選任議案に反対するよう勧告することとした。保険会社等の国内機関投資家の間にも、同様の考え方が広まりつつある。
株主還元は、このROEを押し上げる効果があるのだ。ROEは、当期純利益を株主資本で割って計算する。自社株買いも配当も分母の株主資本を減少させるので、ROEが上昇するのだ。前述のとおり株主資本からどれだけ効率的に利益を生み出しているかを示すため、インプットである株主資本を小さくすれば、その効率性は確かに高まるといえる。
有望な投資先がないことを認めているようなもの
株主にとってみれば、積極的に利益を還元してくれるのはありがたいことだ。高リターンの株として人気も高まるから、一般に株価も上昇することが多い。
しかし、それは短期的な話だ。
本来、株主から調達した資本は、何かに使ってこそ新たな富を生む。それを株主に還元するということは、「せっかく調達した資金ですが、いい使い道が見当たらないので、株主にお返しします」と言っているようなものだ。過度な株主還元は、長期的な成長という観点からは必ずしも望ましくない。行き着く先は縮小均衡だ。