少し前になるが今年8月、東京地方裁判所が仲介大手の東急リバブルに対して、賃貸住宅の仲介手数料を取り過ぎているとして借主に返還するよう命じた。この判決は不動産業界、特に賃貸住宅を扱う業者に一石を投じる判決のように思えるが、現実はそう甘くないようである。
本来、不動産取引の仲介手数料について宅地建物取引業法では、国土交通大臣の定める報酬の額を超えて受けてはならないとされている。具体的には、国土交通省の告示によって「借主と貸主から家賃0.5カ月分ずつ、合計で1カ月分を上限とする」ことが原則とされ、「仲介の依頼(媒介契約)成立までに借主または貸主の承諾があれば、いずれか一方から1カ月分を受け取ってもよい」とされている。ここであえて指摘しておくと、借主から仲介手数料を家賃の1カ月分を受け取ったら貸主からは受け取れず、逆に貸主から仲介手数料を家賃の1カ月分受け取ったら借主からは受け取れないということだ。
しかし、賃貸住宅の仲介実務では、仲介業者へ仲介手数料を借主が1カ月分支払っているケースがほとんどというのが実態だ。そのため、大手賃貸住宅仲介の専門業者が、借主の支払う仲介手数料を原則通りの「0.5カ月」と宣伝するだけで、あたかも割安であるかのように聞こえてしまうのである。
さて、今回の裁判の報道による内容に触れておくと、提訴したのは賃貸住宅の借主である都内の60代男性。仲介手数料の支払いに関して、承諾していないのに1カ月分を支払わされたとして東急リバブルを東京簡易裁判所に提訴したのだが、一審では敗訴。しかし、控訴審の東京地裁が8月に、支払った手数料の0.5ヵ月分を超える部分は無効と認め、約12万円を返還するよう命じたのである。
この裁判では、東急リバブルが「借主から仲介手数料を1カ月分もらうこと」の承諾を得ていたかが争点となった。報道によれば、男性は2012年末に東急リバブルに案内され、3件ほど物件を内覧した上で、翌年1月8日までに契約の意思を担当者に伝え、同10日には、担当者から契約締結日を20日にするとの連絡を受けていた。20日に東急リバブルが仲介して交わした入居申込書には、仲介手数料として「家賃1カ月分の24万円を支払う」と記載されていたという。
今回の判決では、仲介手数料を1カ月分請求するには「仲介依頼の前に承諾を得ている必要がある」とし、仲介が成立したのは10日と認定した上で、それまでに男性の承諾がないので仲介手数料1カ月分の支払いは無効と判断し、0.5カ月分の返還を命じたのである。
この報道で、原告側の弁護士が「(仲介)手数料は原則0.5カ月分なのに、説明を受けないまま1カ月分を支払っているケースが多い」「仲介依頼の前に承諾を得ているケースは少ないのではないか」と指摘しているが、まさに実務では一部の不動産会社を除き、ほとんどが借主の正式な承諾がないまま、手数料として1カ月分を受け取っているといえるだろう。
この判決を受けて、対策を講じ始めた仲介業者もあると思うが、ほとんどがどこ吹く風というのが実際のところだ。というのも、筆者は知人の賃貸住宅仲介会社数社の担当者にこの話題を振ってみたが、この判決が出たことすら知らなかった。注意喚起はしてみたものの、どこまで真摯に対応するかは疑問だ。ほかの仲介業者も、多くは似たようなものだと思う。
仲介業者の対応はこんなところだが、国土交通省や宅建協会などからなんらかの通知などが出るのではないかと少し期待していた。だが、少なくとも現時点まで一向にそうした気配を感じられないのは残念に思われる。せっかく不動産の仲介手数料に関する負の話題が取り上げられたので、もう少し掘り下げた問題点があぶり出されてもいいのではないかとも思うからだ。
広告宣伝費という名の仲介手数料
不動産の仲介手数料に関連して、違法性の高い広告宣伝費、俗に「AD」と呼ばれるものが手数料の代わりとして横行していることは有名だ。
ここで広告宣伝費の考え方について整理しておこう。前出の告示による報酬規程において「依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額(中略)については、この限りではない」と定められているが、ここでいう「広告」とは、大手新聞への広告掲載など通常の報酬の範囲内では賄うことのできない多額の費用を要する特別な広告を指し、さらに依頼者から依頼を受けた場合に限るということが判例で示されている。
しかし、実態はそうした“特別な広告”もなく、単に金銭的なインセンティブとして利用され、入居者が決まれば広告等の実施の有無は問わず、支払われているのである。このことは不動産業界の取りまとめ役である不動産協会も、その違法性を指摘し憂慮しているが、一向に改まる気配はない。
この広告宣伝費を負担するのは家主ということになるが、ひいては借主である入居者にもさまざまなかたちで不利益となっているから、実は仲介手数料よりはるかに問題だ。
もっともわかりやすいのは、入居費用となる礼金だろう。礼金が不要という賃貸住宅も増えているが、特に郊外の賃貸住宅で礼金が必要な物件では、一旦家主に支払われたかたちをとって、そのまま広告宣伝費として仲介した不動産会社に支払われていることが多い。つまり、広告宣伝費も入居者が支払っていることになる。これでは、仮に借主の仲介手数料を0.5カ月に抑えても、それ以上に借主が費用負担していることになるのだ。
こうした物件の家主は実質的に礼金を受け取れないのだから、礼金がなくても同じだ。したがって、広告宣伝費が不要であれば、入居者から礼金を受け取らなくてもいいと考えている貸主も多い。
残念ながら、自分の負担がなく入居者が決まってくれれば、家主としてはそうしたインセンティブを支払うことはやぶさかではないし、逆に決まってくれるならそれでいいと考えている家主がいるのも事実。とはいえ、賃貸住宅の運営がうまくいかなくなれば、家主の生活が破綻する可能性もあり、この家主の考え方自体を悪いものとすることは難しい。
やはり、広告宣伝費がなければ、賃貸住宅を探している人に対して仲介業者に物件の紹介すらしてもらえない可能性があることに問題がある。家主が広告宣伝費を不要にしたくても自分の物件が紹介されなければ、入居者が決まるはずもなく、結局、入居者の募集時に泣く泣くADを支払う条件を付すことになる。物件によってはADを引き上げていくことになる。
実際、周辺に競合が多く、特徴のない賃貸住宅の家主の広告宣伝費の支出は深刻で、礼金がないうえ、広告宣伝費が2カ月、3カ月分支払われることはザラにある。地方のひどいものでは、6カ月、10カ月というケースまである。こうした広告宣伝費の高額化競争に歯止めがかからない状況がある。これらの高額な負担は直接的には当然、家主だ。これほど広告宣伝費というかたちで仲介業者に支払うのでは、仮に、賃貸借契約が2年だとしても数カ月分の賃料を先に仲介業者に支払っているので、実際はかなり苦しい経営状況になる。ほとんどリスクのない仲介業者に家主が食い物にされているのだ。なかには入居者から申し込みを取れそうな段階でADの値上げを要求してくる業者もあり、入居を決めるのでADを増やしてほしいと言ってくる始末だ。
広告宣伝費の負担分は借主に転嫁される?
こうした家主が負担した広告宣伝費分は、先の礼金だけでなく入居者の負担となってくる。たとえば、入居後、1年未満で退去した場合は入居者に違約金が発生するような契約だったり、本来は3万円でいい家賃が4万円となっているなど入居者の経済的負担になっているケースがある。
さらに、このインセンティブであるADの多寡が物件紹介の判断材料になっているという点も見逃せない。賃貸住宅を探している人が仲介業者に物件を探してもらう際、悪意のある仲介業者であれば、仮に入居希望者の希望にある程度合致する賃貸住宅があったとしても、ADのない賃貸住宅は紹介しないのだ。この時点で賃貸住宅を借りる側の選択肢が奪われている。これは本来、レインズなど同じ不動産情報を扱っているなかで、入居者の希望条件が同じであるにもかかわらず、同時期に不動産会社を変えると紹介される物件が変わることに現れている。
このように、インセンティブとしての広告宣伝費が横行することで負担を強いられるのは家主と借主で、この余分ともいえる費用の発生で儲かるのは仲介業者ということになる。
それでも、広告宣伝費がなければ入居者が入らないという家主もいるかもしれないが、考えてみてほしい。入居者が入れ替わるたびに毎回、広告宣伝費を支払うなら、その分を賃貸住宅の建物や設備の改善、改良費に充てるほうが物件の本質的な競争力が高まるのではないだろうか。こうした競争なら、入居者とっても住環境の改善になり、意味のある競争だと思うがいかがだろうか。こうした考えを持つとやはり広告宣伝費の弊害と感じてしまうのである。
広告宣伝費以外にもある問題の入居費用
広告宣伝費のほか、少し前に札幌で不動産会社の事務所が爆発した事件でも話題になった「消毒料」も、不要な費用のひとつだ。札幌の事件では、1000円程度の消毒液を室内に噴霧するだけで、1万~2万円を入居者から徴収していたことが明らかになった。そもそも、多くの賃貸住宅で前の入居者(退去者)がルームクリーニング代を負担して、きちんとクリーニングが実施されているなら、新たな入居者が入る前に消毒する必要があるのだろうか。普通に考えておかしい。札幌の事件の時も一時的にこうした費用について「悪質だ」「不要だから、なんとかならないか」という声が上がったが、今もなんら変わっていない。
ほかにも挙げるときりがないが、入居時に不要な費用は、さまざまな名称で存在している。しかも、これらの費用は家主の知らないところで、つまり家主の承諾なく、不動産会社が入居者から徴収しているという実態もあり、これも悪質だ。こうした余分な費用負担が増えれば、入居者はその物件を選ばない可能性が高まり、知らないところで家主にとって機会損失になりかねないうえ、入居者にとっては必要ない費用負担となり、経済的損失になる。
こうした付帯費用も、不動産会社の儲けを増やすためのもので、仲介手数料と併せて、もう少し問題として取り上げられていいのではないだろうか。
2020年4月には改正民法が施行され、これまでガイドラインがあるものの根拠が乏しかった賃貸住宅の原状回復に関して、法的な根拠が確立することになる。賃貸住宅の原状回復に関しても、長年問題視されていたものに、国土交通省がガイドラインを公表したことから状況の変化が始まった。その後、東京都が条例化するに至り、不動産実務でも無視できない状況になって改善されていった。まだ原状回復をめぐるトラブルはあるものの、以前に比べれば明らかに少なくなったと感じられる。
こうした不動産に関する問題点が改善されてきた実例を振り返ってみると、今回の仲介手数料に関する判決が出たことが、もう少し議論になって、国土交通省などが実効性のある対策を真剣に考えてほしいと思うばかりである。
(文=小林紘士/不動産ジャーナリスト)