JINS、また常識破りのメガネ発売…心と体の動きを察知し、行動改善や病気予防もたらす
「目は心の鏡」「目の色を変える」など、目にまつわる慣用句は多い。熟練の刑事は、事情聴取の際には容疑者の目の動きを見ながら、白か黒かを読み解こうとする。また、医者の初期診断の際には、患者の目を見て状況を把握するそうだ。それだけ、目と「人間の状態」の相関が強いということだろう。
2015年11月、新興メガネ店として知られる株式会社ジェイアイエヌが、人間の心と体の状態を可視化するメガネ「JINS MEME(ミーム)」を発売開始したというニュースが流れたが、これが非常におもしろい。
ジェイアイエヌといえば、メガネ業界に旋風を巻き起こした新興メガネ店のひとつとして知られている。一昔前までは、メガネは老舗メガネ店で買うものであり、フレームとレンズを別々にオーダーし、引き取りまで数日から数週間待ったうえで、やっと手に入るというものであった。しかし、2000年代にその業態に殴り込みをかけ、市場の構造を一気に塗り替えてしまったのが、いわゆる新興メガネ店である。
企画、製造から販売まで一気通貫したビジネスモデルで、質の良いメガネを1本5000~7000円程度の安価で市場に提供し、「メガネを着替える」「メガネの複数本買い」といった流行をつくりだした。
また、メガネは視力を矯正するものという常識を覆し、ブルーライト対策メガネや花粉対策メガネなど、個別の機能性を前面に打ち出したメガネを市場に投入することによっても世間を賑わせてきた。
アッと驚く戦略を次々と打ち出してきたジェイアイエヌがこのたび販売を開始したのが、心と体を可視化するミームだ。メガネに取り付けたセンサーで、眼の動きや体の動きを精緻にデータ化して、人間の集中力や疲れ、あるいは体の動きの癖を読み取ってしまうのである。
たとえば、疲労の度合いや集中力のパターンを読み取ることで、運転中や仕事中にリフレッシュすべきタイミングを見極めたり、集中力を必要とする業務に取り組むべきタイミングを把握できたりする。
また、高齢者の歩行パターンの乱れをモニターすることで、認知症の前兆を読み取ることができ、初期診断にも効果を発揮するそうだ。脳の病気は発症してからでは治療が難しいといわれるが、このメガネを使うことで、早めの対策が可能になる。
さらには、体軸のブレを読み取ることで、人間の動きの癖を読み取り、スポーツ選手のケガ予防やパフォーマンス向上に役立てることもできる。
最大の欠点を強みに転換
この発想のユニークな点は、常に体に接触していて「わずらわしい」というメガネの最大の欠点を、見事に強みに変えた点にあると考える。
これまでも、人間の状態をモニターして、いろいろなことに役立てようという動きはあった。たとえば、運転手の眠気を早期に察知して交通事故をなくそうというのが、その最たる例である。そんなときに常にネックとなるのが、被験者に負担をかけずにどのようにしてセンシングするかということだった。センサーを装着するという行為が必要となると、それだけで実用性が遠のくのだ。
そこで、人が自然に身に着けている腕時計やアクセサリーにセンサーを付けるという発想に結びつくわけである。アップルウォッチなどはわかりやすい例だ。ジェイアイエヌが、それをメガネを使ってやってのけたのである。
しかも、センサー、バッテリーをはじめとする要素技術を、メガネというサイズ・重量にパッケージ化するという難題を、オムロンや自動車部品メーカーのデンソーなどと連携してスピーディに実現しているし、そのコンセプトづくりやアルゴリズム開発を大学との共同開発で実現している。あの「脳トレ」ブームの火付け役として知られる東北大学の川島隆太教授も、開発には深く携わっているという。
つまり、発想のおもしろさもさることながら、製品化に関して積極的に社外の知見を活用してスピーディに実現したことも、ジェイアイエヌのフットワークの軽さを物語る。
なお、人間は、うなずく、見つめる、目をそらすといった、無意識的な動作で感情を表面に出している。それらの動作を精緻に読み解くことで、自分でも気づかなかった正直な気持ちを可視化できるかもしれない。そうなれば、メガネがつなぐ恋愛などにも発展するかもしれないのだ。
群馬県で設立され、2001年には1店舗しかなかったメガネ店を、わずか15年後に350店舗を運営するまでに急成長させたその勢いもすごいが、単なるメガネだけでなく、メガネに新しい付加価値を付けながら市場を拡大したその戦略も注目に値する。今後、ジェイアイエヌがどのような打ち手を繰り出してくるのか、まさに目が離せない。
(文=星野達也/ナインシグマ・ジャパン取締役 ヴァイスプレジデント)