JR九州は従来、国が全株式を保有する特殊会社であったが、平成28(2016)年に株式を上場して完全民間会社に変わった。
そもそも全国の鉄道網を国鉄というかたちで国が保有・運営していたのは、その公共性が背景にあった。鉄道というものは人々の生活や企業の生産活動の共通基盤であるため、社会資本として国の責任で整備し運営すべきものと考えられていた。しかし、いまや航空輸送、カーフェリーなどの内航海運といった代替手段が充実し、全国の高速道路網が完成して自家用車でも移動の自由が保障されている。鉄道の公共性が、かつてに比べて大きく縮小しているのである。
鉄道事業というのは、そのような公共性を保証するために、赤字ローカル線の損失は黒字線の利益で補填し、鉄道事業の損失を副業部門の利益で埋め合わせるのが伝統的な経営手法であった。
JR九州の場合も、駅をはじめとする鉄道用地を活用して商業施設やホテルを開発し、沿線での大規模開発にも参加してきた。現在は、さらに沿線を外れて、東京での不動産開発を進めており、海外でもタイでマンションなどの事業を展開している。その結果、連結営業収益では、本業である運輸サービスの比率は41%にすぎず、連結営業利益では運輸サービスが42%であるのに対して、駅ビル・不動産事業が37%にまで大きく迫ってきている。
連結営業収益 連結営業利益
運輸サービス 1798億円 41% 275億円 42%
駅ビル・不動産グループ 651億円 15% 238億円 37%
流通・外食グループ 1037億円 24% 34億円 5%
建設グループ 336億円 8% 65億円 10%
その他グループ 579億円 13% 35億円 5%
合計 4404億円 100% 647億円 100%
2019年3月期決算
マンション事業は高い利益率
JRになって、国鉄時代に開発した駅ビルを建て替え、エンターテインメント性を持たせた魅力的な商業施設につくり替えられ、近年大きく収益力を高めている。また駅ビルには、物販だけでなくホテルや温浴施設などさまざまな都市装置を組み込むケースが増えている。
JR九州は最初は大規模な地域開発に参加したが、収益を生むまでに時間がかかるのと収益力が低いために縮小し、代わって分譲マンション、賃貸マンション、高齢者向けに特化したマンションなどの開発に力を入れて、大きな収益を上げるまでになっている。とくにマンション事業は、初期投資は大きいがランニングコストは低く、JRの場合には、鉄道用地を活用することができるというメリットもあって、非常に高い利益率を実現した。
一方で、JR九州の鉄道事業は、株式上場の際に減損会計を適用したため、減価償却費が220億円だけ大幅に減少したため、経常収支で黒字化した。上場前は、営業収支で大幅な赤字を出し、国鉄改革の時に設定された経営安定基金の運用益により、わずかばかりの経常収支で黒字となっていた。完全民営化によって劇的に変化した点である。ただし、減価償却費が減ったものの、従前どおりの更新投資が必要であり、その財源として内部留保資金や外部資金に依存しなければならなくなった。見た目ほどには、鉄道経営は改善していない。
鉄道事業自体での黒字体質への転換が必要
JR九州が特異なのは、鉄道事業が実体として副業化しているということであろう。もともと副業とされていた部門が順調に拡大して、経営収支でシェアが逆転しかねないところまできた。今後、事業が拡大する可能性のあるのは鉄道事業以外の分野である。
JR九州の青柳俊彦社長は、地元紙のインタビューに対して、鉄道事業を「公共性を根拠に赤字でも事業を続けるべきではない」という趣旨のことを言っている。平成30年春のダイヤ改正では、新幹線や在来線の特急を含めて117本を削減した。また列車のワンマン化や駅の無人化など、省力化・効率化を進めている。もともと運行本数の少ないローカル線で減便となったため、通学生が利用しにくいダイヤとなってしまい、反発を受けてすぐに臨時列車を設定するなど混乱が見られた。
JR九州は「地元に密着した鉄道サービス」を標榜し、列車の高速化や増発によるサービスの向上を続けていただけに、完全民営化で、様変わりしてしまったという印象がある。
そもそも鉄道サービスは(乗ることを目的としているわけではない)派生需要で、本源的目的があって初めて鉄道サービスは需要される。従来の鉄道会社のビジネスモデルは、鉄道を生かすための駅ビルや沿線の開発であったが、いまやJR九州は買い物やレジャーなどの本源的需要の側の事業拡大に積極的に取り組んで、鉄道を買い物客や利用者を運んでくる移動ツールとしてのみ位置づけているように思われる。そこでは、鉄道事業の赤字を副業で補填するという内部補助の構造は考慮されていない。鉄道事業は、それ自体で黒字体質に転換しなければならないのである。
株式上場による効果として、外資の登場がある。アメリカの投資ファンドが大量にJR九州の株式を購入し、さらに買い増すとして経営陣に影響力を行使しようとした。彼らはまず、自己株式の取得と外資側の取締役の選任を求めてきた。これに対してJR九州は拒否したが、その後株価が下がり続けて、8月6日に年初来最安の3010円(上場後の初値3100円も下回る)を記録すると、一転、自己株式の取得を実施することを決定する。11月6日から2020年の3月末までに、320万株100億円を上限に市中で株式を購入するとしている。すでに11月までに99万株37億円の株式を取得した。
投資ファンドは、株価の上昇を狙って自己株式の取得を求めたのであるが、一般の株主も目的は同じである。会社が拒否すれば、株価は下がる。
かつて国営であった鉄道事業が、もともと旅客や地域へのサービスだけを考えていればよかったのが、いまや厳しい市場経済の荒波に翻弄されることになってしまった。