ディスカウント店「ドン・キホーテ」などを擁するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は新中長期経営計画「Passion2030」を発表した。2030年に売上高3兆円、営業利益2000億円を目指す。売上高3兆円の内訳は国内2兆円、海外1兆円。海外売上は現在の10倍になる。
同時に発表した20年6月期の連結業績予想を上方修正した。19年1月に完全子会社にした総合スーパー(GMS)、ユニーの採算の改善が想定以上に進んでいることが寄与した。売上高は従来予想より100億円多い1兆6700億円、営業利益は40億円増加して720億円、純利益は10億円上振れして460億円に引き上げた。純利益はマイナス修正だが、減益幅は縮小し、前期比2%減となる。
1989年3月、東京・府中市でドン・キホーテ1号店を開業して以来、30期連続で増収増益を続けてきたPPIH(旧・ドンキホーテHD)は、20年6月期で、その記録が途切れることになる。
それでも通期の営業利益の見通しを引き上げたことや30年の営業利益を今期見通しの2.8倍の2000億円とする、強気の中長期経営計画を発表したことが評価され、株価は上昇。2月6日に一時前日比352円(19.9%)高の2122円をつけ、株式分割考慮後の上場来高値(これまでは18年の1950円)を、一気に更新した。
米国事業に専念するはずの大原前社長が突如、退任
好決算を背景に、意欲的な中期計画を打ち出したけれど、米国事業を担当するはずだった大原孝治・前社長が突如、PPIHを去り、不安が残る船出となっていた。
「米国事業に思い切り打ち込み、大輪の花を咲かせたいというロマンとモチベーションを前から持っていた」
社長交代を発表した19年8月の決算説明会で大原氏は、米国法人の社長職に専念する考えを示し、こう語った。ところが12月6日、PPIHは「大原氏は9月25日をもってグループの全ての役職を辞任し、グループ全ての役職から離れた」と発表した。大原氏は13年に社長就任以来、19年6月期までの6年間でPPIHの売り上げを2倍強、営業利益を2倍弱に拡大した功労者だ。社長を退任した後は、米国事業を統括するグループ会社のトップに就任するはずだった。
PPIHは「本人の申し出によるもの」としているが、この説明を額面通り受け取る向きは少ない。第一線に復帰した創業者の安田隆夫氏との確執が取り沙汰されている。安田氏は15年に創業会長兼最高顧問になり取締役を退いていたが、19年1月に取締役に復帰した。ドンキホーテHDは19年1月に開いた臨時株主総会で社名をPPIHに変更。安田氏の取締役就任を承認した。意思決定するトップは2人もいらない。大原氏の居場所がなくなったということなのではないのか。
「完全子会社にしたユニーの店舗をドン・キホーテに業態転換することをめぐって、2人は対立したといわれている。大原氏は当初5年で100店舗の転換と言っていた。途中で3年で100店と言い出したため、コンサルタント出身の吉田直樹氏が、急ぎすぎだと注意した。安田氏は?田氏の意見に賛同。安田氏が大原氏に経営の舵取りを任せられないと、見限ったようだ」(流通担当のアナリスト)
19年9月25日に開いた株主総会で吉田氏が正式に社長に就任。前社長の大原氏は、ひっそりとPPIHを去った。
韓国・中国からのインバウンドの減少が、今後の最大のリスク
「小売りの勝ち組」の代表とされるPPIHだが、過去に経験したことのない異常事態が相次いで起きている。19年10月の消費増税以降、ドン・キホーテの既存店売上高は前年同月比でマイナスが続く。10月(6.9%減)、11月(2.2%減)、12月(3.4%減)、20年1月(0.8%減)と4カ月連続でマイナスだ。19年7月~20年1月の7カ月の累計でも0.7%減である。14年6月期以降、既存店売上高は6年連続でプラス成長を続けてきたドンキにとって、明らかに異常事態だ。
業績好調の原動力はインバウンド(訪日外国人)需要だった。彼らはドンキで買い物するのが定番である。ドン・キホーテの19年6月期の売上高の1割近くがインバウンドだった。
【ドンキの免税売り上げの全売上に占める割合】(19年6月期)
店舗名 免税売上比率
1.道頓堀店(大阪) 71.6%
2.道頓堀御堂筋店(大阪) 66.5%
3.国際通り店(沖縄) 56.2%
4.福岡天神本店(福岡) 55.7%
5.なんば千日前店(大阪) 55.2%
6.銀座本館(東京) 53.2%
7.中洲店(福岡) 52.4%
8.京都アバンティ店(京都) 48.7%
9.札幌狸小路本店・北館(北海道) 47.2%
10.名古屋栄店(愛知) 46.5%
中国からのクルーズ船の寄港地になっている大阪、福岡、沖縄の店の免税売上比率が高い。国別免税売上高では中国が40.5%でトップだ。最近の既存店売上高の減少をもたらした原因は、日韓関係の悪化である。免税客数の国別の内訳は韓国が33.1%で最も多い。韓国客は19年1~3月期は50万人前後だったが、同年7~9月期には一気に、半分以下の20万人程度にまで減少した。同12月の韓国人の免税売上高は7割超減った。
さらに、新型コロナウイルスの感染という想定外の強い逆風が中国から吹きつける。中国は免税客数の国別内訳で31.2%を占め、韓国に次ぐ。免税売上高の比率では4割に達する。ドン・キホーテの19年6月期の売上高は7048億円。免税売上高は1割弱にあたる690億円。この4割に相当する約280億円が中国人の消費となる。
新型肺炎の感染を防ぐために、中国からのクルーズ船は運航を中止。中国人を最大のターゲットとしてきた大阪、福岡、沖縄の各店は大打撃を被る。新型コロナウイルスの感染の終息は見えてこない。終息しても中国から観光客が戻ってくるには相当の時間を要する。韓国、そして中国からの強烈な連続パンチで足元が大きく揺らぐ。中長期経営計画は出足からつまずいた。
宮崎の橘百貨店を買収
2月1日、宮崎市の橘百貨店「ボンベルタ橘」とエアラインホテルを運営する橘ホールディングスを買収した。ボンベルタは今秋にもドン・キホーテを核とする商業施設に転換する。ボンベルタは人口減やイオンモールなど郊外型ショッピングセンターとの競争激化で業績が悪化。宮崎駅前ではJR九州と宮崎交通がアミュプラザ宮崎やシネコン(複合映画館) が入居する大型商業施設を開業する予定。中心市街地の空洞化は一段と進み、橘ホールディングスは生き残りが難しいと判断し、PPIH傘下に入ることを決めた。
PPIHは中期経営計画で国内2兆円の売上を目標に掲げている。店舗戦略では業態の棲み分けで稼ぐ力を最大化する。ドン・キホーテ、MEGAドン・キホーテ、さらには総合スーパーのユニーのドンキ化で広域商圏で戦う。小さな商圏には新しい業態を開発して対応する。買収した宮崎の橘百貨店は、小さな商圏の実験店となる。
経営の第一線に完全に復帰したといわれている創業者、安田氏の腕の見せどころである。
(文=編集部)