新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界経済は大混乱というべき状況を迎えた。日本の経済にも、かなりの変化が出始めた。それを考える一つのケーススタディとして、人材派遣業などで成長を遂げてきたリクルートホールディングスがあげられる。同社は、需要と供給のマッチングに強みを持つ。人材派遣、メディア関連を中心に、同社はマッチングに関するサービスをクライアントに提供することで成長してきた。
コロナ禍によって、同社のマッチングをベースとするビジネスモデルが大きな変化に直面している。世界全体で人の動線が寸断され、観光や飲食など、多くの分野で需要が消滅している。さらに、急速な需要の低下と感染対策による供給の制約から、労働市場の需給も崩れ始めている。
世界経済の先行きはウイルスの感染力がどうなるか、また、ワクチン開発にどの程度の時間がかかるかに大きく左右される。これまでに経験したことがない世界経済の変化にリクルートがどう対応するかは、国内外の経済先行きを考える上で重要だ。
これまで成長を遂げたリクルートの戦略
リクルートのビジネスモデルは、需要と供給のマッチングを提供し、そこから手数料やコンサルティングフィーを得ることにある。
リクルートの事業セグメントは、求人情報の検索サイトなどを提供するHRテクノロジー事業、マーケティングや新卒採用サイトなどを手掛ける販促メディア事業、国内外での人材派遣を手掛ける人材派遣事業の3つからなる。収益に占める各事業の割合は、HRテクノロジーが18%、販促メディアが31%、人材派遣が52%程度だ。なお、販促メディア事業に区分されている人材募集事業は収益の13%程度を占めており、かなりの収益が人材関連から得られている。
2012年12月から、日本経済は景気回復局面に移行した。そのなか、リクルートは人手不足とインバウンド需要という大きく2つの需要を取り込むことによって業績の拡大を遂げた。人手不足に関して、戦後最長の景気回復を記録した米国を中心に世界各国で労働市場がタイトになり、売り手市場が鮮明化した。つまり、人手不足は世界共通の課題だった。多くの企業が、少しでも有利な条件を提示して働き手を確保しようと必死になった。それが、緩やかな賃金上昇につながり、個人消費を支えた。リクルートは企業の採用ニーズに合った人材を派遣するなどして着実に収益を獲得した。
インバウンド需要に関して、日本政府は観光を成長戦略の一角に据え、海外からの観光客の増加を実現し、地方創生など経済の成長につなげようとした。リクルートは観光情報を提供する「じゃらん」などを運営し、観光需要の創出と取り込みに注力した。また、同社は地方自治体や観光産業に対してマーケティング支援をはじめとするコンサルティングも提供している。それは、日本が観光資源を発掘し、その魅力に磨きをかけることにつながったといえる。海外からの観光客が増加するとともに、メディアソリューション事業も着実に収益を獲得してきた。
事業拡大を目指す積極的な買収戦略
もう一つ、リクルートの成長を支えた要素として積極的な買収戦略の実行がある。リクルートは2020年に人材領域で世界トップの座を手に入れることを目指してきた。そのために、2010年以降、同社は欧米市場で積極的に買収を行ってきた。これに伴い、2019年3月期、同社の海外売上比率は46%にまで高まった。
同社の買収戦略は、採用企業と就業機会を探す個人の接点を増やすためのテクノロジーを取り込むことを重視してきた。そのよい例が、テレビコマーシャルでもおなじみの米インディード社の買収だ。2012年、リクルートは10億ドル程度(買収金額は非公開)でインディードを買収した。インディードは、さまざまな条件に合った求人情報を検索するウェブサービスを提供し、検索情報に応じた広告を掲載する求人プラットフォーマーだ。職探しをする人々の関心にマッチした案件広告を展開することでインディードは急成長を遂げた。
また、2018年には米求人サービス企業であるグラスドアを12億ドルで買収した。グラスドアは、企業を評価する口コミ情報を提供する。その情報は、採用面接時の質問内容から給与、経営陣の印象、仕事の内容など、実に幅広い。
一連の買収から、リクルートはテクノロジー面から個人がより安心して、積極的に転職などを検討する環境の提供に注力してきたといえる。この戦略はユーザからかなりの評価を得ることに成功した。2019年第3四半期決算において主要3事業の中でもHRテクノロジーの成長率が最も高いことが、それを示している。中国経済の減速などから海外での人材派遣事業の成長がやや鈍化したものの、インディード事業の好調に支えられ、2019年第3四半期までの累計純利益は過去最高を達成した。
こうした成果を基に別の角度からリクルートのビジネスモデルを考えると、同社は新しい人の動線や接点を創出する力を磨いてきた企業といえる。この発想が力を発揮するには、人々が自由に外出できなければならない。
コロナ禍による社会の動線崩壊
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、国内外で外出の制限や自粛が敷かれている。人の動線が崩壊し、観光や飲食、エンターテイメント、耐久財の購入など、世界各国で需要が急速に減退している。それに加え、防疫のために生産施設などの一時閉鎖に追い込まれる企業も増えている。世界の経済活動は過去に経験したことがない勢いで事実上の停止状態に陥っている。
この結果、リクルートの成長を支えてきた人手不足が一転し、雇用不安が急速に高まり始めた。米国の労働市場では3月15日以降の3週間で失業者が約1680万人増加した。日本でも経営の急速な悪化から、従業員の解雇に踏み切らざるを得ない企業が出始めた。さらに、国境封鎖などに伴い世界の空路は事実上の閉鎖状態にある。観光業を中心に非製造業の景況感の悪化も深刻だ。人手不足、観光振興は、近年のリクルートの成長を支えた大きな要因だ。コロナ禍によってその需要がかき消され、リクルートのビジネスモデルは大きく揺れている。同社はこれまでの戦略を見直しつつ、新しい収益源を見出さなければならない。
リクルートは当面の事業継続のために、4500億円程度の融資枠の設定を大手銀行などに申し込んだようだ。そこからは、感染の終息にはかなりの時間がかかり、さらなる事業環境の悪化と財務内容の不安定化に備えなければならないという強い危機感が読み取れる。マッチング手数料の減少に加え、派遣契約の解除に伴う休業補償の負担懸念が高まるなど、リクルートの収益環境は急速に悪化している。
同時に、企業が長期の存続を実現するためには、守りを固めて変化に適応しつつ、新しい需要を生み出さなければならない。付加価値が創出できなければ、いずれ資金調達を行うことは難しくなるだろう。状況によっては資産の売却などを余儀なくされる可能性も高まっている。これまで、リクルートは変化に対応し、収益を獲得してきた。世界経済が大きく、かつ急速に変化するなか、リクルートが何を成長の源泉に据えようとするかは、世界経済の変化を大局的にとらえるための要素の一つとなるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)