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東証1部上場企業で異例の事態…監査等委員が2つの強権発動、弁護士の見解は?

文=伊藤歩/金融ジャーナリスト
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天馬本社(「Wikipedia」より)

監査しない役」「閑散役」などと揶揄される監査役。取締役の職務執行を監視する役割を担っていながら、大企業に不祥事が発覚するたびに、その職務懈怠が指摘されてきた。

 オリンパス、スルガ銀行にジャパンディスプレイ(JDI)、関西電力などは、その代表格だ。一方、監査役が仕事をした結果、取締役会と対立したトライアイズの事例は例外的と言わざるを得ない。

 2014年の会社法改正で誕生した監査等委員会にも、同様の評価はついて回る。監査等委員会設置会社のガバナンス機能は、業務の執行と、それを監視する取締役会の機能を完全に分離した指名委員会等設置会社ほど強くないが、監査役が取締役の監視をする監査役設置会社よりは強い。

 監査等委員以外の取締役の選解任や報酬については、委員会として株主総会で意見を述べることができる上、会社側の議案に法令もしくは定款違反がある、あるいは著しく不当なものである場合は、委員単独でも株主総会で報告する義務がある。取締役だから、取締役会における議決権も持つ。

 極めて強力な権限を付与されていながら、制度誕生以来、行使した監査等委員は皆無。物申して会社側と対立するのはしんどいからだ。しかし、行使されることがなかったその強権を、創業家出身の元名誉会長と現経営陣との間で対立が深まっている樹脂製造中堅の天馬(東証1部上場)の監査等委員が発動した。

本邦初、2つの強権を発動した天馬監査等委員会

 今回、天馬の監査等委員が発動した“強権”は2つ。1つは、会社法342条の2第4項に基づく「監査等委員ではない取締役の選任についての監査等委員会の意見陳述権」。もう1つは、会社法344条の2の第2項に基づく「監査等委員である取締役選任議案の総会提出請求権」である。

 前者は、会社提案の「監査等委員ではない取締役候補者」が不適切であると監査等委員会で決議すれば、監査等委員が株主総会の場で意見陳述をすることができるという権限である。

 今回、天馬の監査等委員会は、会社提案の取締役候補者8名のうち、現・IR担当常務取締役の金田宏氏(再任)、現・取締役財務経理部長の須藤隆志氏(再任)、現・上海現法総経理の与謝野明氏(新任)の3名について、取締役として不適切であるという意見を表明、定時株主総会の招集通知への記載を求めた。

 金田氏と須藤氏については、昨年夏に同社海外子会社で発生した、現地公務員に対する贈賄事件及びその隠蔽の目的で行った不適切な会計処理に関与したこと、金田氏はこのほかに、一般株主との利益相反が疑われる取引を行っていること、そして、与謝野氏にも過去に別の海外子会社で贈賄に関与した疑いがあることを理由に挙げている。

 6月12日時点で、監査等委員会を設置している上場会社は1034社。全上場会社の3割弱だが、過去にこの強権を発動した監査等委員会はなく、これが本邦初。

 ところが、会社側は招集通知の発送及びインターネット開示に先駆け、5月27日に取締役人事案を適時開示したのだが、なぜかそこに、この監査等委員会の意見も、そして、その監査等意見に対し会社側が行っていた猛反論も記載されなかった。

 このため、この本邦初の強権発動の事実が世間に公表されるのは、この4営業日後。それも会社側によってではなく、監査等委員会自身によってである。

議案請求権行使も立法以来初

 2つ目の強権発動の痕跡は、実はその5月27日のリリースに残されている。弁護士の菅弘一氏が会社提案の「監査等委員の取締役」候補として、ほかの会社提案候補とは別枠で記載されている。これが、その“痕跡”である。

「監査等委員の取締役」は、それ以外の取締役とは異なる特別な扱いを受ける。会社側が人選をするにしても、監査等委員会の同意を得ることで初めて会社提案の取締役候補とすることができる。

 さらに、監査等委員会は自ら「監査等委員の取締役」の候補者を立てることができて、それを会社提案の候補者とすることを会社側に請求でき、請求を受けた会社側はこれを拒否できない。つまり、会社側が別の人物を候補者として立てたにもかかわらず、監査等委員会がそれに同意せず、独自に立てた候補者が菅弁護士ということなのだ。

 監査等委員は取締役だから、監査役と違って議決権を持っている。監査等委員会が会社側の業務執行を監視するという職務を全うしようとすれば、会社側との軋轢は当然に生じる。そういう場面で、監査等委員会は議決権を持った味方を取締役会に送り込むことができる。それを規定しているのが、会社法344条2の第2項で、これも使われたのは立法以来、今回が初。

「議決権こそないが、監査役にも同じ権限が与えられており、それを規定しているのが会社法343条2。監査役に監査役の選任議案請求権を与えようという議論は、商法の時代から繰り返されてきた。1974年と1981年の商法改正の議論の際にも遡上に上がったが、いずれも財界の反対で潰されている。この条項は2005年に会社法が誕生する際にようやく入ったが、法制審議会で議論された形跡がない。まともに議論しても通せないと踏んだ立法担当者が、しれっと入れてしまった」(会社法に詳しい弁護士)のだという。

 日本は、業務執行者がそれを見張るはずの取締役を兼務することが常態化している稀有な国だ。それだけに、取締役の監視機能を高めるための監査役の権限強化は立法担当者にとって悲願と言っていい。

 有識者が集まって議論を重ねる法制審議会の答申を、立法作業の過程で通常は最大限尊重しているが、それはあくまで慣習であって、規定上は参考にすれば足りる。立法担当者は、そこを逆手に取ったということだろう。

 監査等委員会の制度が新設された2014年の会社法改正で監査等委員会にも同様の権限が付与されたが、このときも法制審の検討対象にはならなかった。世の監査役や監査等委員がこの条項を使って強権を発動する可能性は限りなくゼロに近いことは、歴史が証明している。ゆえに、誰も注目せず、市販の会社法の参考書でも、当条項を解説したものはまず見かけない。

 それが今回、突然日の目を見たのだが、菅弁護士の役員人事にそんな意味があるということを5月27日付の会社側リリースで気づいたのは、一部の専門家だけだっただろう。

監査等委員会が異例の独自開示

 会社が適時開示しない以上、株主は監査等委員会が意見を表明していることを、招集通知を見て初めて知る。例年より遅れている招集通知の発送を待っていたら、株主への周知徹底が遅れる。そう考えた監査等委員会が、独自のリリースを6月2日付で東証の記者クラブに投函した。これも過去に例がなく、本邦初。

 このリリースには、あらためて会社提案の取締役候補者3名を不適切と考える理由のほか、5月27日の会社側リリースには記載されなかった、それに対する会社側の猛反論も併せて記載されている。その内容は、この2日後にインターネット開示される、招集通知への記載内容と一致するのだが、その書きぶりはかなり激しい。

 3名いる監査等委員のうち、北野治郎氏と片岡義正氏の2名が、会社側と敵対している元名誉会長側に与しているとし、「監査等委員会の意見及びその表明に至る経緯には当社取締役会として承服し難い点が見られる」「監査等委員会の意見は取締役会として到底看過できない不相当な内容」とある。

 さらに、監査等委員会が、昨年夏の同社海外子会社における贈賄事件に関与した取締役の責任の有無を調査する「取締役責任調査委員会」を5月19日に立ち上げ、利害関係がない弁護士3名を委員として選任したことも記載されている。ちなみに、この取締役責任調査委員会が設置されていることを、会社側は今も適時開示していない。

 2日のリリースはこれ以上でもこれ以下でもなかったのだが、これに会社側は猛反発。4日に監査等委員の権限行使を不当なものとする、全7ページの反論リリースを出した。

 監査等委員会が、インターネット開示前の招集通知記載の内容や会社が適時開示していない取締役責任調査委員会の設置を公表したことは、重大な守秘義務違反に当たるとして激しく非難。

 その上で、監査等委員会の中立性に疑義があり、設置を決議した経緯や委員の選定プロセス、名誉会長側関係者の関与の有無などについての検証を進めているが、全容は明らかになっていない、としている。

 つまり、取締役責任調査委員会は適法に設置されたものかどうかわからない、だから開示してこなかった、というのだ。

監査等委による独自開示は適法

 監査等委員会側は、この4日の会社側リリースに反論する形で8日に2本目のリリースを東証の記者クラブに投函。2日の開示が、監査等委員もしくは監査等委員会としての職務を果たすための苦渋の決断であったことを強調。これを情報の不当な社外流出とする会社側の見解は、株主の議決権行使に必要な情報提供自体を非難するものだと反論した。

 併せて、取締役責任調査委員会が設置された事実の開示だけでなく、会社側に負担義務がある調査にかかる費用の負担も拒絶したことも明記。監査等委員会が執行側から独立して、業務執行に携わる取締役のモニタリングができるよう設計されている会社法の趣旨を、およそ理解していない、そういう現状を株主に知ってほしいと訴えた。

 会社法に詳しい大塚和成弁護士は「監査等委員である取締役が、善管注意義務・忠実義務の一環として、会社に対して守秘義務を負っているのは確か。だが、多くの株主や投資家を抱える上場会社は公的な存在。ガバナンスの問題について、監査等委員が適切に情報発信する行為は相当な行為であり適法」と言う。

 責任調査委員会設置の開示を拒絶している点についても、「日本取引所自主規制法人のプリンシプルからしても、それ自体が適時開示義務違反の可能性がある上、開示を行わないまま、自己株取得も実施しており、この点はインサイダー規制違反に問われかねない。会社側として設置の経緯に疑義があると考えているのなら、開示した上でそうコメントすべき」と言う。

監査役、監査等委に開示の場を

 今回、監査等委員会が出した2本のリリースは、いずれも会社側と敵対する元名誉会長が開設した「天馬のガバナンス向上を考える株主の会」のサイトに掲載されており、会社側から中立性を否定される根拠の一つにもなっている。

 だが、同会によれば、これは「当方の主張と一部一致する部分があるので、東証の記者クラブ所属の記者からもらって掲載した。監査等委員会の承諾は取らずに掲載したが、記者クラブで公表したものである以上承諾は不要と判断した」という。

 要は、会社側と敵対する株主がいて、監査等委員会の主張にその株主の主張と一致する部分があり、その株主がウェブサイトを開設しているという、3つの条件が揃ったからこそ、監査等委員会が発したリリースは誰でもアクセスできる場所に置かれたにすぎない。

 会社側と敵対する株主がいない、もしくはいても監査等委員会の主張にその株主が無関心だと、会社側が開示を拒めば、監査等委員会のリリースには行き場がなくなる。東証記者クラブに投函するだけでは、同クラブに所属する記者の手にしか渡らず、投資家は一次情報を入手する道を閉ざされる。

 前出の大塚弁護士も「コーポレート・ガバナンスの重要性を言うのであれば、監査役、監査等委員会、監査委員会が一定類型の事項について開示が必要と考えたとき、適時開示を可能にする制度の検討が必要」と言う。

 監査等委員会の本邦初づくしの行動は、法整備だけでは網羅できていなかった制度の不備をも浮かび上がらせた。取引所は迅速に対処すべきだろう。

(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)

伊藤歩/金融ジャーナリスト

伊藤歩/金融ジャーナリスト

ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計。主な著書は『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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