2020年、新型コロナウイルス感染症の流行によって、エンタメ業界は壊滅的ともいえる大打撃を受けた。多くのイベントやコンサートは中止となり、営業が再開できる状況となったエンタメ施設も、ガイドラインに則った感染症対策を講じなければならない。
それは映画を上映する映画館も同様だ。緊急事態宣言の解除に伴って、全国各地の映画館が営業を再開しているが、観客同士の間隔の確保のために席を空けて販売する、20時以降の上映を休止する(取材当時。現在はほとんどの映画館で再開)などの対応が取られており、休業以前の状態に戻るにはまだまだ時間を要する状況にある。
このまま映画館カルチャーが衰退してしまうのではないかという懸念も出ているが、はたして映画館はウィズ・コロナ時代を生き抜くことができるのだろうか。そこで今回は、「極上爆音上映」など数々の斬新な企画を成功させ、近年の映画業界を盛り上げてきた東京都・立川の映画館「シネマシティ」の企画室室長・遠山武志氏に、シネマシティの現状や、今後の映画館文化の未来について話を聞いた。
※この記事は2020年6月10日に行った取材をもとに執筆されました。
マニア向け企画であえてのスロースタート
シネマシティは4月3日から6月5日までの約2カ月間、営業を休止していた。まず、営業休止中に行っていた業務内容と、営業再開後の感染症対策について尋ねた。
「経理部は営業していた時期の取引がありましたので休業中も動いておりましたが、それ以外の従業員は5月半ばまで、店番のようなかたちで代わる代わる1人だけが出社している状況でした。
ほかには一部劇場の座席交換や、上映機材の細かな部分に至るまでの手入れ、チケッティングシステムの改修など、普段はできないような仕事を行っていましたね。営業再開の日程が近づいてからは、新型コロナウイルス感染予防対策に必要な資材の手配や設置、マニュアルの作成に取り組んでいました。
シネマシティでは、手指消毒用のアルコールはもちろん、お客様がご自身でもアルコールを染みこませて消毒できるようにペーパータオルを設置する、券売機、予約発券機、チケット窓口を1台空けて稼働するなどの対策を講じております。また、対策内容は映画館というくくりだけではなく、小売店や飲食店などの他業種の対応も鑑みて考案しました」(遠山氏)
公開を予定していた新作映画が次々と公開延期となっていたため、営業再開直後は大手シネコンチェーンでも、往年の名作や近年のヒット作を上映している状況だった。シネマシティでは、どのようにして上映ラインナップを決定したのだろうか。
「シネマシティは【極上音響上映】や【極上爆音上映】を可能とする音響設備や、チケッティングシステム、会員料金が話題になることが多いですが、ひと味違う作品選びによる上映作品のバラエティもセールスポイントのひとつです。
そこで6月の営業再開にあたっては、まず4月頭で止まっていた作品や企画を再開し、映画ファン向けのマニアックな作品を揃えて静かにスタートさせました。いきなりロケットスタートを切り、お客様から心配の声が漏れてもいけませんから、あえてのスロースタートです。
そのため、6月時点ではまだ様子見で、時々刻々と変化する世情を伺いつつ、次の一手の準備を進めています。7月からはこれまでシネマシティで大人気を博した作品を、ラインナップに組み込んでいくことを検討しています」(遠山氏)
映画ファンがいる限り映画館は死なない
新型コロナウイルス感染症の流行によって映画館が営業を休止している国は、日本だけではない。アメリカでは、メジャースタジオの「ユニバーサル」が新作映画をデジタル配信で先行して公開したことが波紋を呼び、大手シネコンチェーンがユニバーサルの作品を上映しないと宣言するなど、大きな問題となった。
日本においても今後、新作映画のデジタル配信での先行公開が続々と開始されるなど、映画館とデジタル配信サービスの関係に変化が起きるのだろうか。
「新作映画のデジタル配信やソフトリリースタイミングの問題は、実は10年も前から浮上している話です。日本でも劇場公開とネット配信やソフト発売を同日に行うという例は存在し、特に動画サブスクリプションサービスが映画業界に進出してきてからは、配信と劇場公開のタイミングがむしろ逆転するということも起こっており、問題は複雑化しています。
ただ、映画製作会社・配給会社と、映画館は別会社でなくてはいけないという法律が存在しているアメリカとは異なり、日本では大手シネコンチェーンを大手配給会社が運営していることが多い状況です。そのため、日本では新作映画のデジタル配信と劇場公開に関する問題がやや顕在化しにくい、というところがあるのではないでしょうか。
現在の騒動後の具体的な数字はまだ出ていないので断定的なことはいえませんが、日本で本格的に動画サブスクリプションサービスが始まってからのこの5年間では、むしろ映画館の興行収入は上がり続けていました」(遠山氏)
また、映画館の興行収入は好調な傾向にあり、2019年には2000年以降の調査では最高額である約2611億円という記録を打ち立てていた。しかし、1カ月以上にも及ぶ各地の映画館の営業休止や、相次ぐ新作映画の公開延期によって、今年の興行収入の大幅減は免れない。
新型コロナウイルス感染症の流行によって、これまで好調下にあった映画館が一転し、衰退の危機を迎えるのではないかという声も決して少なくない。だが、遠山氏は映画館文化が途絶えることはないと力強く語る。
「短期的な予想をするなら、年に1~2回程度映画館を訪れていたライト層やファミリー層、シニア層のお客様の来場が激減するのは確実かと思われます。座席空け販売が続くと、デート需要も減少するかもしれません。ただし、あえてこういう言い方をしますが、大局で見れば大きな変化はないと私は考えています。なぜならば映画館は“モノ”ではなく“場”を売るものであり、どうしても人は“場”を求めるからです。
以前から映画館に通ってくださっていた映画ファンの方々は、レンタルや配信などで安く、便利に、気軽に映画が観られる状況でありながら、映画に集中して浸れる、より高い質で観賞できる“場”として映画館が必要であると考え、来場されていました。近年、劇場はそういったお客様の割合が高くなってきていた状況にあり、今後はその傾向がより強くなるでしょう。
シネマシティでは3月、4月からの引き継ぎ作品と旧作だけのプログラムのため、あまり多くのお客様は来場されないと見積もっていました。しかし、実際には1回の上映で販売数の190席に対して、7割の約130名の方が来場されるような上映回もあり、予想を超えて多くのお客様に来場していただけたのです。
終映後に拍手が起こる上映回もあり、映画館という“場”を求めている映画ファンは、やがて必ず帰ってきてくれるという確信を抱きました。ですから、映画館が死ぬことはありません」(遠山氏)
映画館は人生に映画を必要としている人々に支えられてきた“場”であり、またその復調を信じる映画ファンが数多くいる。今は非常に厳しい状況だが、必ずや昨年までのような活気を取り戻す日が訪れるだろう。
(文=佐久間翔大/A4studio)