新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されてから、国内での感染者が再び増加傾向にある。世界全体の感染者数は1000万人を超え、死者数も50万人を突破した。
第1波が一向に収まらないなか、世界保健機関(WHO)は6月26日、「新型コロナウイルスの第2波が発生すれば、さらに数百万人規模が死亡する事態もあり得る」との見方を示した。日本でも6月下旬から入国規制の緩和が始まっていることから「第2波が襲来するのは時間の問題である」との警戒感が高まっている。
東京都医師会の幹部は「ワクチンが完成し、重症化しない治療法ができれば、新型コロナウイルスもありきたりの『はやりかぜ』となり、人類と穏やかに共生していくことになる」と語っている(月刊誌「FACTA」<ファクタ出版/7月号>より)が、このような状況になるのはいつのことだろうか。
ワクチンについては、大阪大学の森下竜一教授のDNAワクチンを以前のコラムで紹介していることから、今回は重症化しない治療法に焦点を当ててみたいと思う。
新型コロナウイルスの治療に既存薬が有効かどうかについての試験が世界中で数多く実施されているが、6月中旬、英オックスフォード大学の研究チームは「炎症を抑える作用のある既存の薬(デキサメタゾン)を投与した結果、最も重症化した患者の死亡数が35%減少した」と報告した。WHOは「最初の成功例」と素早く反応し、デキサメタゾンの増産を世界の関係者に呼びかけた。
デキサメタゾンは安価で広く入手可能なステロイド薬である。1957年に開発され、炎症の原因に関係なく、体内の免疫機能を抑制することでぜんそくなどアレルギー反応が引き起こす疾患の治療に広く用いられている。新型コロナウイルスの場合、感染者の8割は無症状か軽症、約2割が重症肺炎となり、重症患者のうち約3割(感染者の6%)が致死的な急性呼吸不全(ARDS)となる。ARDSとは一般的に「サイレント肺炎」と呼ばれ恐れられているが、その原因はすでに明らかになっている。
サイトカインストーム
「新型コロナウイルス感染症はサイトカインストーム症候群である」
このように主張するのは平野俊夫・量子科学技術研究開発機構理事長(前大阪大学総長)である。平野氏は4月下旬、村上正晃・北海道大学教授とともに「新型コロナウイルスのARDSは免疫系の過剰な生体防御反応であるサイトカインストームが原因である」とする内容の論文を発表した。
サイトカインとは、細胞から分泌される生理活性タンパク質の総称である。サイトカインは感染症への防御を担っているが、過剰に分泌されると多臓器不全などの原因となる。この状態がサイトカインストームであるが、デキサメタゾンは免疫機能全般を低下させることでサイトカインストームを抑制することに成功したと考えられる。
それでは、なぜ新型コロナウイルスはサイトカインストームを引き起こすのだろうか。平野氏らの研究によれば、ARDSとなった患者の血液ではサイトカインの一種であるインターロイキン6(IL6)の濃度が上昇している。IL6は免疫反応など生体の恒常性維持に必要なサイトカインだが、炎症性を有することから、サイトカインストームの中心的な役割を果たすとされている。IL6を大量に分泌するための増幅回路(IL6アンプ)があるが、新型コロナウイルスが増殖する気管支や肺胞上皮にもIL6アンプが存在する。このことから、気管支や肺胞上皮に侵入した新型コロナウイルスがIL6アンプのスイッチをオンにしてしまい、サイトカインストームが起きてしまうということがわかる。
「アクテムラ」年内の承認申請へ
IL6の分泌を抑えれば、サイトカインストームは起きないとされる。IL6の暴走を抑えることができれば新型コロナウイルスの致死性は格段に低下するが、これを実現する薬はすでに存在する。
薬の名前は「アクテムラ(トシリズマブ)」。アクテムラは、世界初のIL6阻害剤として大阪大学と中外製薬により共同開発された。トシリズマブの「トシ」はインターロイキン6の発見者である平野氏に由来する。国内では2008年に関節リウマチ(免疫の異常により手足の関節が腫れる病気)用として承認されている。
アクテムラの新型コロナウイルスの治療薬としての有効性についての臨床試験は、すでに始まっている。中外製薬の提携先であるスイス・ロシュは3月から米国・カナダ・欧州などで臨床試験を開始し、現在最終段階だが、非常に有効な治療薬であることが証明されつつある(6月29日付「日経バイオテク」)。中外製薬も4月から国内で臨床試験を始め、年内の承認申請を目指している。
日本では軽症者向けに新型インフルエンザ用として開発された「アビガン(富士フイルム富山化学が開発)」が投与されているが、重症向けに「アクテムラ」が投与されるようになれば、新型コロナウイルスがありきたりの「はやりかぜ」となるのではないだろうか。
と思っていた矢先に、中国で新たな「パンデミックウイルス」候補が豚から発見されたとの報道が飛び込んできた。一難去ってまた一難である。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)