2018年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶祐(ほんじょ・たすく)特別教授は、がん治療薬「オプジーボ」の特許に関する対価をめぐり、製造元の小野薬品工業に特許使用料の分配金226億円の支払いを求めて6月中旬に大阪地裁に提訴すると発表した。本庶氏は小野薬品と共同で特許を取得していた。小野薬品は提訴されたことを受け「争っていく方針であり、適切に対応していく」とのコメントを出した。
訴状によると、本庶氏が支払いを求めるのは米メルクが小野薬品に支払う特許使用料の一部についてだ。14年以降、メルクのがん免疫薬キイトルーダがオプジーボの特許を侵害したとして、開発パートナーの米ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が欧州や米国で裁判を起こしていた。
17年、メルクが特許使用料を支払うことで和解が成立。小野薬品とBMSはメルクと特許のライセンス契約を結び、一定の金額を受け取っている。本庶氏はメルクとの係争で小野薬品から協力を要請された際に「受け取る金額の40%を支払う」との提示があったが、実際には1%相当分の支払いしか受けていないと主張。分配金の未払い分、226億円を求めている。
本庶氏が小野薬品から得た対価は26億円
オプジーボは、本庶氏と小野薬品がタッグを組み、産学連携によって生み出した画期的な新薬だ。従来の抗がん剤が、がん細胞を直接たたくのに対し、オプジーボは人の体が本来持つ免疫力を再び引き出すことでがん細胞を攻撃。手術、放射線、抗がん剤が3大治療法とされるがん治療で、がん免疫療法という第4の可能性を生み出した。
本庶氏は1992年、オプジーボの元となる分子を発見。その働きを解明した研究で2018年、ノーベル生理学・医学賞を授与された。03年、本庶氏は小野薬品と共同でがん治療法に関する特許を出願。06年、特許を使って薬を製造販売する対価として、売上に応じた使用料を受け取る内容の契約を結んだ。対価は「オプジーボ売上高の約0.75%」となっていた。
その後、本庶氏が「低すぎる」と契約内容に不服を表明し、小野薬品は13年、「自社のオプジーボ売上高の2%、米BMSのオプジーボ売上高のうち小野薬品が受け取る額の10%」に引き上げる提案をしたが、折り合いがつかなかった。14年、オプジーボが発売された。一部のがんに劇的な治療効果を示し、小野薬品のヒット商品となった。
本庶氏の弁護士によると小野薬品から得た額は26億円程度。本庶氏側は昨年、本来受け取るべき対価は合計800億円超と試算。今回の請求対象のほか、小野薬品からの特許使用料と、共同開発者の米BMSからの使用料が別にあるとしている。本庶氏は若手研究者を支援する1000億規模の基金をつくり、オプジーボから得た金を、この基金に投じる予定だ。
本庶氏によると、小野薬品は最大300億円超を京大に寄付する提案をしているという。
オプジーボは年間1500億円弱を稼ぐドル箱に
小野薬品の20年3月期の連結決算(国際会計基準)の売上高にあたる売上収益は前期比1.3%増の2924億円、営業利益は25.0%増の774億円、純利益は15.8%増の597億円だった。
オプジーボ点滴静注(製品)の売上収益は873億円、ロイヤルティ収入の616億円と合わせると1489億円となる。18年に竣工した小野薬品の東京ビルは同業者から“オプジーボビル”と呼ばれている。
【オプジーボの売上収益】
製品売上収益 ロイヤルティ収入 合計
15年3月期 25億円 ― 25億円
16年3月期 212億円 82億円 294億円
17年3月期 1039億円 267億円 1306億円
18年3月期 901億円 398億円 1299億円
19年3月期 906億円 508億円 1414億円
20年3月期 873億円 616億円 1489億円
累計 3956億円 1871億円 5827億円
小野薬品の21年3月期の連結決算の売上収益は前期比3.6%増の3030億円、営業利益は3.2%増の800億円、純利益は2.2%増の610億円を予想している。国内で食道がん患者などへのオプジーボ投与が増え、売上が伸びるとみている。
大村智氏が受け取った対価は200億円
オプジーボは発売3年で年間1000億円を超えるドル箱製品に大化けした。それとともに特許の対価の妥当性について、議論が高まってきた。本庶氏へ支払われる特許の対価が国際的な標準料率に比べてあまりも低く設定されているためだ。
15年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授は、ノーベル賞の受賞対象となった研究成果をもとに製品を出した。大村氏が米メルクから受け取った特許の対価は200億円だった。本庶氏と大村氏が受け取った対価の差の大きさが議論を呼んだ。
本庶氏が籍を置く京都大学は「この知的貢献が社会的に適正に評価され、その知的貢献を生み出した研究活動に対し適正な還元がなされ、もって、さらなる知の創出につながるような司法の判断を期待したい」とコメントした。「大学vs.企業」の全面対決の様相だ。
産学連携の必要性が高まるなか、裁判の結果は、知的財産をめぐる企業と大学研究者の対価の分配方法、もっと踏み込めば契約のあり方や産学連携そのものにも影響を及ぼすことになるとみられている。
小野薬品は「がん免疫療法に対する懐疑的な見方が多く、ほかの製薬会社が断る中で、リスクを取って研究開発に踏み切った。(06年のライセンス契約の)契約の水準も妥当」と反論している。
(文=編集部)