SBIホールディングス(HD)と野村ホールディングス(HD)がブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用したデジタル証券で提携した。SBIHDが野村系のSTO(セキュリティー・トークン・オファリング)開発のBOOSTRY(ブーストリー、東京・千代田区)の株式を10%取得する。
ブーストリーは野村グループの戦略子会社といえる。野村HDが66%、野村総合研究所が34%出資して2019年9月に設立した。デジタル化された権利の発行と取引を担うプラットフォームシステム「ibet」を開発している。
最大の狙いは資本市場のインターネット化にある。ブロックチェーン上で資金を調達する企業と投資家が直接つながり、いつでもデジタル社債などを売買できる市場の創設を目標に掲げる。SBIHDは北尾吉孝社長が自主規制団体、日本STO協会会長を務め、同分野に積極的に関与してきた。ブーストリーに対するSBIの出資は、野村HDの永井浩二グループ最高経営責任者(CEO、当時)と北尾氏の直接会談で決まった。
この20年間、野村HDとSBIHDの関係は、決して良好とはいえなかった。北尾氏は野村證券時代にソフトバンクの新規株式公開(IPO)を担当した縁でソフトバンクに引き抜かれて、野村を去った。その後、北尾氏はソフトバンクグループからも離脱。ネット証券を中心にした金融グループを創設した。野村HDの証券市場での地位低下がSBIに接近させる契機となった、との見方が有力だ。
口座数でSBI証券が野村を抜いた
野村證券は全国に幅広く顧客基盤を持ち、日本最大の口座数を誇ることから「証券業界のガリバー」と呼ばれてきた。しかし、その顧客基盤が大きく揺らいでいる。
ひとつは野村證券の顧客の高齢化が目立ってきたこと。かつてのように、個人投資家の売買に依存していられなくなった。追い打ちをかけたのが、ネット証券の台頭。顧客を奪われ始めた。証券業界で最も勢いがあるといわれているのが、ネット証券大手のSBI証券だ。SBI証券の09年3月期の口座数は186万口座で、野村證券(446万口座)の4割強にすぎなかったが、その後、右肩上がりで口座数を伸ばしてきた。20年2月、SBI証券の口座数は500万口座を突破。同年6月末には570万口座と前年同月比10.4%増となった(19年6月末以降、SBIネオモバイル証券の口座数を含む)。
一方、野村證券の20年6月末の口座数は1.6%増の532万口座。SBI証券が野村證券を抜き去った。09年3月末と比較するとSBI証券の口座数が2.9倍になったのに対して、野村證券は19%増にとどまる。
SMBC日興証券の20年6月末の口座数は3.2%増の348万口座(18年1月にSMBCフレンド証券と合併)。大和証券は17年3月末の口座数が388万口座だったが、それ以降は非開示である。野村、大和、日興が“証券御三家”といわれた時代が長かったが、新興のSBI証券が口座数であっさり野村證券を抜き去った。
業績を見ておこう。野村HDは19年3月期の最終損益が1004億円の赤字に転落した。通期で純損失を計上するのはリーマン危機があった09年3月期以来のことだ。野村の1000億円赤字転落と口座数でSBIに追い抜かれたことは、野村が今直面している本質的な問題を浮かび上がらせた。最強の営業部隊を擁して行ってきた対面営業が、ネット取引に太刀打ちできなくなったということだ。
野村は復活を期して、これまで歯牙にもかけなかったSBIと組んでデジタル証券に進出することを決断したのである。
SBIは4~6月の営業収益で2位に大躍進
【大手・ネット証券の2020年4~6月期業績】
社名 純営業収益 最終損益
1.野村HD 4607億円(38.8%) 1425億円(2.6倍)
2.SBIHD 1111億円(20.6%) 162億円(39.4%)
3.大和証券G 1054億円(▲1.6%) 175億円(9.2%)
4.みずほ証券 804億円(26.9%) 144億円(9.8倍)
5.SMBC日興証券 694億円(▲1.8%) 64億円(27.1%)
6.三菱UFJ証券HD 645億円(▲3.3%) 43億円(5.8倍)
(HDはホールディングス、Gはグループ本社の略。カッコ内は前年同期比増減率、▲は減、野村は米国会計基準、SBIは国際会計基準。営業収益から金融費用を控除したものが純営業収益。証券会社の決算の比較では純営業収益が使われている)
SBIHDは純営業収益で2位に大躍進した。新型コロナウイルスの感染拡大による在宅勤務の増加で、ネット証券を通じて取引に参加する個人投資家が増加。業容の拡大につながった。大手は米欧を中心とした中銀の金融緩和で、債券の価格変動を捉えたトレーディングの利益が膨らんだ。野村HDは市場部門が好調で営業収益を押し上げた。
新型コロナウイルス対策で対面営業を制限した社は個人向けで苦戦した。対面営業が主力の大手と、ネットのSBIはコロナで明暗が分かれた。
SBIはメガバンクの「第4勢力」を狙う
SBI証券傘下で対面営業店舗を全国展開するSBIマネープラザに、三井住友グループのSMBC日興証券が33.4%出資することで合意した。20年内をメドに出資を完了する。SBIHDは4月、三井住友フィナンシャルグループ(FG)と包括提携。三井住友FGがSBI系のスマホ証券への出資を発表するなどデジタル戦略で連携しているが対面営業でも連携を強化する。
SBIマネープラザは地銀と共同店舗を展開してきた。清水銀行、筑邦銀行など地銀12行と共同で15店を運営しており、10月には仙台銀行と共同で宮城県石巻市に新規出店する。SMBC日興証券は資産運用のコンサルティング経験のある営業社員を共同店舗に派遣し、地銀の証券業務をサポートする。
地銀をめぐっては大手証券の“陣取り合戦”が起きている。都市部の営業が中心の大手証券は地銀との連携を通じて、これまでアクセスしにくかった地方の富裕層の開拓を狙っている。
SBIHDは「第4のメガバンク」を目指す地銀の連合構想を掲げ、資本提携を拡大した。すでに島根銀行、福島銀行、筑邦銀行(福岡)、清水銀行(静岡)に出資しており、10銀行まで提携を広げる。持ち株会社SBI地銀ホールディングスが地銀に出資する。
SBIの動きを指をくわえて見ているわけではない。野村證券は19年8月、山陰合同銀行と証券事業の統合で合意。20年1月には阿波銀行と業務提携した。準大手の東海東京フィナンシャル・ホールディングスは横浜銀行など有力地銀と共同出資で証券会社を立ち上げた。
地銀にとって資産運用を中心とする証券業務は、成長が期待できる数少ない分野だ。だが、業務に精通した対面営業ができる人材の不足で苦戦してきた。地銀は大手証券との連携に活路を見出そうとしている。
SBIHDは証券・銀行の両方の再編の中心に躍り出てきた。SBIHDは「第4のメガバンク」を実現させ、デジタル証券の覇者になる野望を達成できるのだろうか。