「数式でしか表せないものなど、科学の世界には目に見えないものも多いので、大変だったと思います。編集者、専門家の先生、そしてデザイナーの合作みたいな感じでビジュアル化されたと聞いています。星が誕生した瞬間や、小彗星爆発の瞬間などは、望遠鏡で観測されているので、絵にすることはできます。骨しか見つかっていない恐竜の姿をビジュアル化するということもしていました。今は荒れ果てているピラミッドやスフィンクスを復元して、当時の人がどんな服装をして、どんなことしていたのかといったことも再現していました」(前出と別の科学関連研究者・B氏)
さらに「ニュートン」は、もっと難しいものまでビジュアル化していた。
「宇宙の始まり、ブラックホール、これはなかなか見えない。太陽系の他の惑星だって、その頃は、ほとんど見えてないわけです。それでも、火星の表面や、昔の火星、昔の月なども復元していました。ブラックホールは、見えないからブラックホールという名称なので、普通に考えたらビジュアル化できない。ブラックホールという天体があって、その周りに吸い込まれていく物質の絵を描いて表現していました」(同)
アインシュタインの相対性理論も、ビジュアル化された。
「ただこれは、『双子のパラドクス』を絵にしたものです。双子の兄弟がいて、弟は地球に残り、兄は光速に近い速度で飛ぶことができるロケットに乗って、宇宙の遠くまで旅行したのちに地球に戻ってきたらどうなるかというのが、『双子のパラドクス』。これで相対性理論をビジュアル化したのです。マンガと同じ手法です。しかし、相対性理論を精密な絵にする必要はまったくなかったのです。概念図や線画でいいわけですよ。絵で見せたほうがいいものと、文章できちんと説明したほうがいいものと両方あるのですが、それが区分けされていなかったのは、弱点だったように思います。その点で新しい手法が開拓されていなかったのが、収益悪化の一因かもしれません」(同)
「ニュートン」よ、お前もか
では、なぜ「ニュートン」の経営母体は危機に陥ってしまったのか。
「他の科学雑誌も『日経サイエンス』(日経サイエンス社)以外はほとんど、なくなってしまった状況。『ニュートン』よ、お前もか、という感じです。発売数も『日経サイエンス』よりずっと多いように聞いていましたから、大丈夫だと思っていたのです。読者の雑誌離れが進んでいるという気もしますね。ネットに科学系の情報サイトもたくさんありますし、CGがこれだけ発達してきて、それを活用した媒体も多い。朝日新聞社は『科学朝日』、その後の『サイアス』もやめてしまいました。逆に今、主だった新聞は科学面をけっこう充実させていて、朝刊と夕刊とそれぞれ一面ずつ科学欄を設けて、時事ニュースよりも解説記事を増やしています。それが、科学雑誌の代わりみたいな役割を果たしています。ただ新聞も部数を減らしているわけで、それほどパイの大きくないところで、みな苦戦しているという気はします」(渡辺氏)