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江川紹子の「事件ウオッチ」第21回

DHC吉田会長が名誉毀損訴訟で全面敗訴ーーそれでもマスコミが報じない“言論弾圧”

文=江川紹子/ジャーナリスト
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DHC吉田会長が名誉毀損訴訟で全面敗訴ーーそれでもマスコミが報じない“言論弾圧”の画像1DHC側は判決を不服として、控訴の意向を示しているというが、全面勝訴を勝ち取った折本弁護士(右)は、会見で「今回のような問題に対して、みんなが意見を言えず、議論すらできないとなれば危険だ。表現が萎縮させられるのはまずいと実感している」と語った。

 みんなの党(解党)の渡辺喜美元代表が、化粧品会社DHCの吉田嘉明会長から計8億円を借り入れていた問題。ブログでこの話題を取り上げ、「政治とカネ」についての意見を書いた折本和司弁護士(横浜弁護士会)が、吉田会長らから名誉毀損だとして、2,000万円の損害賠償を請求されていた裁判の判決が東京地裁(民事30部、本多知成裁判長)であった。本多裁判長は、吉田会長側の請求をすべて退け、裁判費用も同会長に負担させるとする、原告全面敗訴(=折本弁護士全面勝訴)の判決を言い渡した。

●訴訟による威嚇効果を期待?

 折本弁護士が、自身のブログ「ロックな弁護士つれづれ日記」に、この問題を取り上げたのは、吉田会長が「週刊新潮」(新潮社)に8億円問題を暴露する手記を掲載して3日後のこと。内容は、「(DHC側が)なんらかの見返りを期待、いやいや、期待どころか、約束していたのではないかと疑いたくなる」などと感想を述べつつ、「この事件が贈収賄に発展する可能性は低いと思う」と、法律家らしく、法制度の問題も指摘するものだった。

 東京地裁は、4段階に分類した争点のうち、第1段階の「ブログに書かれた内容で、吉田会長の社会的評価が低下したか」という点で原告側の主張を全面的に退け、「その余の争点について判断するまでもない」とした。この程度の記載が名誉毀損に当たるはずがない、と言わんばかりに、吉田会長側の主張を一蹴。けだし当然の判決と言えよう。

 それにしても、普通に見れば、何の問題も感じられないこのブログが、なぜ裁判の対象となり、提訴から判決まで10カ月間、折本弁護士は被告の立場に立たされたのだろうか。

 折本弁護士によると、吉田会長側からは提訴前に、申し入れや抗議などは一切なく、いきなり訴状が届いた、という。

「青天の霹靂だった。いつも弁護士として、いろんな方のトラブルに関与しているが、こういう訴訟に対応せざるをえないのは、本当にしんどいと思った」

 実は折本弁護士は、提訴前の一時期、耳が聴こえない作曲家として知られ、ゴーストライターの存在が明らかになった佐村河内守氏の代理人を務めた。その頃、折本弁護士の名前は、多くのメディアに登場した。そのために、吉田会長側の目についたのか、それとも社会的に知られている人を提訴することで、「批判をするとこうなる」と広く知らせる効果を期待したのか……。

 吉田会長は同じ時期に、ブログやツイッター、雑誌記事などで問題を取り上げた書き手や出版社を相次いで提訴している。わかっているだけで10件。うち1件は、出版社側が謝罪したとして吉田会長側が取り下げた。折本弁護士の件は、吉田会長が起こした一連の訴訟で最初の判決となった。

 吉田会長による8億円提供は、プライヴァシーで保護されるような私事ではない。しかも、吉田会長自ら明らかにした事実だ。それについて論評しただけで、こんなふうに裁判を起こされてしまうのでは、政治とカネに関して人々が自由な議論を行うこともできなくなってしまうのではないか。

 折本弁護士は、「裁判は、表現行為を萎縮させるのが目的だろう。この程度の意見すら言えなくなれば、みんなが政治的な問題を議論できない危機的な状況になる」と、全面勝訴にほっとした様子だった。

 判決後の記者会見で、折本弁護士の代理人弁護団の小島周一弁護団長は次のように述べた。

「反論があるなら言論をもってすればよい。この裁判で、吉田会長側は証人尋問の請求すらしなかった。名誉毀損や損害を認めてもらうための裁判ではなく、批判的な言論を封じるためのものとして裁判を使っていることは明らか。実際、この裁判が起こされた後、DHCからブログの削除を求められ、名誉毀損には当たらないと思いながらも、やむなく応じた人もいる」

 裁判を起こされれば、折本弁護士のように訴訟になれている人でも精神的な負担となるだけでなく、代理人を依頼したり裁判の準備を行うなど、手間も時間もお金もかかる。もちろん、裁判を起こす側も費用はかかる。そういう事態は回避したいのが、一般人の心情だろう。そこで、「裁判を起こすぞ」というだけで威嚇効果は大いに生じる。実際に裁判を起こしている人からの“警告”であれば、効果はさらに大きい。

●カネの力で脅かされる「言論の自由」

 一方、吉田会長のように8億円のお金さえも、それほど多額とは感じない富豪にしてみれば、裁判を起こす時に裁判所に納める印紙代はなんの負担にもならないだろうし、弁護士費用が数百万円かかろうとも痛痒を感じないで済む。訴訟に関する作業は、ほとんど弁護士や社員に任せることもできる。

 もちろん、裁判を起こす権利は誰にでもある。ただ、巨額のお金を自由にできる立場の人が、訴訟を使って不利益な言論を封じ込めようとする行為は、自由な言論に対する威嚇行為になりうる。そうした裁判は、SLAPP(恫喝訴訟)とも呼ばれる。

 過去にあったSLAPPとしては、消費者金融大手だった武富士のケースが知られる。同社は10件以上の訴訟を起こしたが、なかでも、同社の実態を具体的にレポートしたフリーライター三宅勝久さんに対する損害賠償請求額は1億円以上に達した。三宅さんは、記事の正当性を主張・立証する一方で、武富士側の訴えは不当な訴訟だとして、反訴を行った。東京地裁は判決で、武富士側の訴えは「言論、執筆活動への抑制や牽制で裁判制度の趣旨に照らし相当性を欠く」と違法性を認めた。そして、わずか240万円ではあったが、武富士側に賠償を命じた。

 折本弁護士と同じように、ブログの記載が名誉毀損だとして2000万円の損害賠償を起こされた澤藤統一郎弁護士は、その後もこの問題を書き続けたところ、請求額を増額されて6000万円となった。澤藤弁護士は、自分や折本弁護士に対する吉田会長の訴訟はSLAPPに当たると厳しく批判している。

 残念なのは、吉田会長の暴露や渡辺元代表の不起訴については大きく報じたマスメディアが、折本弁護士に関する判決についてはまったく報じないことだ。

 「政治とカネ」も大事だが、「言論の自由とカネ」の重要さは、それに勝るとも劣らない。もし、カネと人を自由に動かせる層が、訴訟を利用して批判を封じるようなことが平気で行われるようになれば、それは言論の自由にとって大きな問題だ。それを考えれば、今回の判決の意義は小さくない。ところが、わざわざ折本弁護士と弁護団が記者会見まで開いて知らせたのに、今回の判決を報じたマスメディアは皆無。特定秘密保護法の制定過程では、言論の自由の問題として批判的な論陣を張った朝日新聞、毎日新聞、東京新聞も、一行も報じなかった。

 澤藤弁護士は、「フランスではあのようなテロが行われたが、東京でもSLAPPというかたちで言論への攻撃が行われている。それなのに、マスメディアはどこも関心を持っていただけない。それが残念でたまらない」と嘆く。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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