菅義偉首相は1月7日、新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため緊急事態宣言を発出した。東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県が対象だ。2020年に続いて多くの企業が“コロナ危機”に立ち向かうことになる。
生活用品などを製造・販売するアイリスオーヤマ(本社・仙台市、非上場)は家庭用マスクに続き、医療機関で不足している医療用の高性能マスク「N95」を宮城県内で生産する。医療用マスク「N95」は世界的に不足しており、国内の医療機関でも入手しにくい状況が続いている。約10億円を投じて宮城県の角田工場に製造設備を導入し、月1万枚を生産する計画。除菌ウエットティッシュも同100万個生産する予定で、21年秋に稼働する。
政府は新型コロナでサプライチェーンが寸断されたり、医療物資の争奪戦が激しくなる事態に備え、製造業の国内回帰を支援する補助金を設けた。アイリスは昨夏、政府の補助金を活用し、家庭用マスクの国内一貫生産体制を確立した。30億円の投資の4分の3程度を補助金で賄った。今回、再び補助金を申請し、医療用マスクの生産に乗り出す。政府もアイリスに対する2度目の補助金を認める方向で調整中だ。
「N95」マスクは海外の協力工場が生産した製品を輸入し、国内に供給してきた。家庭用マスクと異なり、このマスクは一定の品質基準を満たすための検査が必要不可欠となるので国内生産が適している。
マスク業界によると、国内で「N95」マスクを生産しているのは重松製作所(ジャスダック上場)など5社にとどまる。多くは海外からの輸入に頼っているのが実情だが、昨春の新型コロナの感染拡大時には輸入が滞り、医療現場で深刻な品不足が起きた。
アイリスはマスク需要が逼迫する事態に備え、マスクなど感染対策用品や生活必需品の備蓄用として茨城県のつくば工場の敷地内に25億円掛けて第2倉庫を増設する。21年度中の竣工を目指す。
家庭用マスクではユニ・チャームと肩を並べる
これまで中国の大連工場と蘇州工場の2拠点で花粉対策用のマスクを生産してきた。昨春、ドラッグストアやコンビニエンスストアで使い捨てマスクが入手困難になり、街頭で販売されていた品質や性能がはっきりしない輸入マスクに人々が殺到。それ以前には1枚当たり10円前後で販売されていた不織布マスクが一時、同80円超に高騰した。瞬間風速だが、50枚入り1箱が4000円を超えた。
こうした状況を目の当たりにしたアイリスオーヤマの大山健太郎会長は、20年5月に宮城県角田工場の設備を増強してマスクの国内生産を始めた。もともと花粉対策用としてマスクを販売していたが、新型コロナの感染拡大を受けてウイルス飛沫を捕捉できるように性能をアップし、同年6月に感染対策としても使える「ナノエアーマスク」を発売した。
アイリスは中国の2拠点と角田工場を合わせて、毎月2億3000万枚の家庭用マスクを供給できる体制を整えた。20年3月に計画していた月6000万枚(輸入を含めて1億4000万枚)という生産計画を大幅に上回った。「超快適マスク」「超立体マスク」で知られる国内最大手のユニ・チャーム(東証1部上場)に匹敵するマスクメーカーとなった。
マスクの国内生産は大山会長が想定していなかった効果をもたらした。プラスチック成型品を祖業とするアイリスは収納ケースや園芸・ペット用品などをホームセンターで販売してきた。さらなる成長を考えると販路の拡大が重要になる。ここ数年、取り組んできたのがスーパーマーケットだった。だが、スーパーは問屋を介した仕入れが中心で思うように販路を広げられなかった。
国産マスクが、攻めあぐねていたスーパーのルートを開拓する切り札になった。「商品の不足に悩むスーパーにも供給しようと考え、生産体制を思い切って拡大した」(大山会長)。国産マスクは全国のスーパーから引く手あまただ。国産マスクをアイリスから仕入れるようになったスーパーは乾電池やLED電球など、他のアイリス製品の取り扱いを増やしていった。これが家庭用品の販売拡大につながり、思わぬ“マスク効果”を生み出した。
「ピンチをチャンスに」をモットーに売上高1兆円に挑戦
アイリスオーヤマが21年1月7日に発表した20年12月期のグループ全体の売上高(速報値)は前期比38%増の6900億円だった。従来予想を900億円上回った。経常利益は2.2倍の621億円で、売り上げ、経常利益共に過去最高となった。コロナ禍でマスク需要が高まったほか、在宅勤務が広がり調理家電や仕事用の机や椅子の販売が増え、ネット通販事業の売り上げは前年比2倍の伸びを見せた。人工知能(AI)で発熱者を検知するサーマルカメラも好調だ。
新型コロナの第3波が到来するなか、感染予防効果が期待される加湿器の需要は急速に高まった。アイリスの加湿器は20年11月の販売金額が前年同月の3倍になった。加湿器を生産する中国・大連工場では生産台数を当初計画に比べて5割増やした。21年12月期の売上高予想は前期比23%増の8500億円とした。大山会長は石油危機やバブル崩壊、リーマン・ショックなど、大事件に遭遇するたびに会社の姿を変革し、ピンチを乗り越えてきた。
「ピンチはチャンス。大ピンチは大ビックチャンス」が大山会長の持論だ。コロナ禍は、これまで経験したことのない世の中の変動をもたらしているが、「こんなときこそ新しい需要をつかむチャレンジを積極的にすべきだ」と決意している。
コロナ禍で採用を減らす企業が相次いでいるなか、優秀な人材を確保する好機と捉え、21年度の新卒採用を400人から6割増やし、過去最多の640人とする。通年採用も新たに導入。飲料水など新規事業のために多様な人材を確保する。
アイリスは生産拠点を中国に集中させてきたがことを改め、国内生産に回帰。有事に素早く生活必需品やマスクを供給できるようにし、次のパンデミックへの備えを万全にする。
大山氏は次々と積極策を打ち出しアクセルを踏み続ける。22年12月期の売り上げ1兆円をひとつの大きな通過点とできるかどうかが試金石となる。
(文=編集部)