国内造船最大手の今治造船(愛媛県今治市、檜垣幸人社長、非上場)と2位のジャパンマリンユナイテッド(JMU、神奈川県横浜市、千葉光太郎社長、非上場)の連合体が動き出した。両社が共同出資した船の設計や営業を行う新会社、日本シップヤード(NSY、東京都千代田区)が1月1日付で発足した。海外の独禁当局の承認が長引き、当初予定の20年10月1日から3カ月遅れとなった。
資本金は1億円。今治造船が51%、JMUが49%出資し、社長にJMUの前田明徳取締役執行役員、副社長に今治造船の檜垣清志専務取締役が就任した。社員約510人は両社からの出向だが、9割は設計要員が占める。NSYは二酸化炭素などの排出を抑えた環境船に注力する。まずアンモニア燃料船の開発に取り組む。中韓勢もアンモニア燃料船などに着手し、環境対応を進めており、先行きは厳しい。
前田社長は1月6日、東京都内で記者会見し、「環境技術で世界一といわれる会社にしたい」と抱負を語った。今治造船とJMUは、海運大手3社でつくったコンテナ船運航会社が使う世界最大級のコンテナ船6隻を受注しており、2023年~24年の完成を目指している。
政府が国内造船業の基盤を維持するために設けた金融支援の枠組みを使い、コンテナ船の購入資金への融資に事実上、国の保証をつけることが決まっている。
今治造船がJMUに30%出資
今治造船とJMUは20年3月27日、資本・業務提携した。JMU救済の色彩が濃かった。JMUは13年1月、日立造船・日本鋼管(現・JFEホールディングス)系のユニバーサル造船とIHI・住友重機工業系のアイ・エイチ・アイマリンユナイテッドが合併して誕生した。日立造船は祖業の造船事業から撤退しておりJMUの経営から退いた。これに伴い、資本の組み換えが行われた。20年6月、JFEHDとIHIが300億円の増資を引き受け、両社の出資比率は49%に上昇、日立造船は1%とかたちだけ残した。
今治造船は当初、20年10月1日にJMUに出資する予定だったが、欧州連合(EU)や中国など海外の独禁当局による審査に時間がかかり、遅れていた。独禁当局の審査が完了した今年1月、350億円の増資を実施した。内訳は今治造船が150億円、JFEHDとIHIが100億円ずつ引き受ける。JFEHDとIHIは議決権のない優先株などを引き受けた。JMUの新資本金は575億円。増資後の議決権ベースの出資比率は今治造船が30%、JFEHDとIHIがそれぞれ35%。日立造船は保有株をJFEHD、IHIに譲り渡した。
JMUの20年3月期の連結決算の売上高は前期比6%減の2531億円、最終損益は390億円の赤字(前期は3億円の黒字)。最終赤字は2期ぶり。液化天然ガス(LNG)船などで中韓造船大手との激しい価格競争があり、これが響いた。舞鶴事業所(京都府舞鶴市)で新造船から撤退するのに伴い、生産設備を減損処理したことで赤字が増大した。
20年4~9月期の連結売上高は1042億円と前年同期から16%減り、最終損益が5億円の赤字(前年同期は65億円の赤字)と2期連続で最終赤字となった。有明事業所(熊本県長洲町)で新型コロナの集団感染が発生し、造船所の操業が一時止まり、船の引き渡しが遅れたことが影響した。
国内シェア50%を握るが、それでも世界シェアの1割どまり
共同出資した日本シップヤードが船出したが、課題が山積している。今治造船は10カ所、JMUは5カ所の造船所を持っている。決まっているのは、JMUの舞鶴事業所で21年に商船建造から撤退することぐらいだ。
JMUの主要拠点は大型石油タンカーなどを建造する有明事業所、コンテナ船に強い呉事業所(広島県呉市)、ばら積み船がメインの津事業所(三重県津市)の3カ所。JMUは今回の増資資金を活用して津や有明などに溶接ロボットやクレーンを導入、生産効率を上げる。韓国や中国などの造船業は政府の手厚い支援を受けている。中・韓勢に対抗する武器は最新設備である。
中国では造船首位の中国船舶工業集団(CSSC)と2位の中国船舶重工集団(CSIC)が経営統合し、韓国も現代重工業と大宇造船海洋が統合を決めるなど海外勢は一段と企業規模を大きくしている。
これに対して、中韓勢の価格攻勢で受注競争に敗れた国内勢は、事業規模の縮小を余儀なくされた。三菱重工業は長崎造船所香焼工場(長崎県長崎市)を売却する。三井E&Sホールディングス傘下の造船子会社も3月までに常石造船と資本業務提携することで最終合意する見通しだ。サノヤスホールディングスも主力のばら積み船の受注減少を背景に子会社、サノヤス造船(大阪府大阪市)を2月末に新来島どっく(東京都千代田区)に売却する。今治造船の建造量、450万総トン、JMUの建造量は236万総トン。2社を合わせると国内シェア50%を握る“メガ造船”がスタートを切ったわけだが、世界シェアで見ると、わずか1割にとどまる。
今回、独立系で非上場の今治造船と上場会社の造船部門を結集したJMUという、これまで交わることがなかった2社が手を結んだことに意味がある。今治造船は非上場のオーナー企業ゆえに、その実態はほとんど知られてこなかった。オーナーの檜垣家は、「謎の造船一族」と呼ばれている。今治造船本体のほか、グループ・関連会社などで檜垣一族の総数100人が経営の中枢にある、といわれている。
1980年代には三菱重工業や三井造船、石川島播磨重工業(現・ジャパンマリンユナイテッド)、日立造船といった大手造船会社が全盛で、今治造船は上場造船会社の3分の1の生産能力しかなかった。瀬戸内海に数多くある地場系造船所の1つにすぎなかった。その後の造船不況で大手がドックを削減し、新事業にシフトするなか、今治造船は経営不振の造船会社を次々と傘下に収め規模を拡大した。
今治造船が積極路線をひた走ることができたのは、株主や株価に左右されることのない非上場のワンマン経営だったからである。今治造船は、非上場のため財務情報は開示していない。官報に掲載される決算公告が手に入る唯一の資料だ。
2020年3月期決算(単体)は売上高が前期比3%減の3806億円、最終損益は116億円の赤字に転落した。船価の下落で穀物や鉄鉱石などを運ぶばら積み船などの採算が悪化。新型コロナウイルスの感染拡大で、保有している株式の株価が下がったことによる減損処理で収益が悪化した。
それでもM&A攻勢はとどまることを知らない。今度はJMUがターゲットとなった。今治造船がJMUを傘下に収め、名実ともにトップの座を窺う。檜垣一族が日本の造船王になる日は近い。
(文=編集部)