4月に欧米の複数のニュースメディアで公開された映像には、こんな場面が収められている。登場するのは、椅子に座った水着姿の若い欧州系女性。男性の声が「セックスについてどう感じている?」と問いかけると、少し間を置いてこう答える。「世界で最も魅力的なことのひとつ。悪いことなんてひとつもないわ」。
女性の名前はハーモニー(Harmony)。この映像がニュースになった理由は、彼女が人間ではないからだ。
ハーモニーはシリコン樹脂の皮膚(と精巧に再現された女性器)、プログラム制御の駆動機構、そしてAI(人工知能)でシミュレートされた人格を備える最先端のラブドール。人間と会話できる「セックスロボット」として、メディアの脚光を浴びている。製造元は、シリコン樹脂製の高級ラブドールの草分け・米アビスクリエイション。発売予定は来年、予定価格は1万~1万5000ドルだ。
進化する「テレディルドニクス」
人間の言葉を認識して応答するAI、医療・物流・サービスなど多方面で活躍するロボット――。こうしたテクノロジーの進化は今、セックス産業にも大きな変化をもたらしている。IoT技術でネットワーク化されたバイブレータから冒頭のハーモニーまで、これまでにないアダルト製品が次々に登場しているのだ。
性行為用のバイブを無線でコントロールする技術は、すでにテレディルドニクス(Teledildonics)という専門用語がある。たとえばディルドや電動ホールをつけたカップルがBluetooth通信で互いに刺激し合う、あるいは離れた場所にいるパートナーのバイブをウェブ経由で操作するといった製品やサービスは、もう珍しくない。昨年には米イリノイ州で、バイブの遠隔操作サービスを提供するカナダ企業がユーザの個人情報を収集・送信していたとする集団訴訟まで起きたほどだ。
科学者が予言する「セックスロボット」の未来
SFにすぎなかった「セックスロボット」も、今では間近に迫ったテーマとして議論されている。
英シェフィールド大学の名誉教授らが設立したロボット工学の社会的責任を研究する財団「Foundation for Responsible Robotics(FRR)」は7月、「我々とロボットの性的な未来」と題したレポートを発表。さまざまな調査を元にセックスロボット市場は成立し得るとし、社会への影響を幅広い視点で考察している。セックスロボットの売春宿も普及の可能性が高い、高齢者や障害者向けの性的なセラピーに一定の効果がある、小児性愛者向け子供のセックスロボットは容認されるべきでない、といった調子だ。
もっともロボットとしてのハードウェアは、当分まだ限定された機能にとどまる。同レポートも認める通り、自律歩行までこなすようなセックスロボットはしばらく先の話だ。ハーモニーも全身に可動式の関節を持つが、自律的に動かせるのは首から上だけ。しかしソフトウェア=セックスロボットの人格やコミュニケーション・学習能力は、これまでにない世界を開拓しつつある。
今年9月には36歳の男性が自ら開発に携わったセックスロボット「サマンサ」とともに、イギリスのトーク番組『This Morning』に登場。サマンサは男性とエロチックな会話をする機能を持つが、「性的な話をしない“ファミリーモード“があるから子供に見せても安心」とアピールして視聴者を驚かせた。
「セックスロボット」の人格を司るモバイルアプリ
ハーモニーの人格を司るのは、アビスクリエイションが提供するハーモニー AI app。アンドロイドOS端末用のモバイルアプリだ。
ハーモニー AI appはドール本体と別に、アプリ単体で5月から先行リリースされている。クラウドベースで提供され、ユーザはサブスクリプション料として年間20ドル支払う仕組みだ。
アプリ上には3DCGの女性アバターがいて、フルヌードの状態でバストやヒップの形まで外見を細かく設定できる。さらに「シャイ」「純粋」「セクシュアル」「知的」「むらっ気」といった18のパラメータで、ユーザ好みの性格にカスタマイズ可能。アプリ単体でもアバターとのエロチックな関係を楽しめるようつくられている。
ユーザの「欲望」を学習するAI
音声またはテキストで会話する点は、アップルのSiri、アマゾンのAlexa、Googleアシスタントなど、今トレンドの「デジタルアシスタント」に似ている。実際にハーモニー AI appの開発を手がけるのは、10年にPC用デジタルアシスタントDeniseをリリースしたAIエンジニアだ。
だがハーモニー AI appはSiriなどと異なり、ユーザと親密な関係をつくり上げるのが目的。そのため用意されているのが、「交際」「欲望」「愛」の3つからなるパラメータだ。会話を重ねることでユーザとの関係発展を学習していき、親密さや愛情、さらに性的欲求も募らせるようになるという。
ただし学習するAIは暴走のリスクがある。昨年3月にはマイクロソフトのAIチャットボットTayが、公開実験開始から16時間で停止に追い込まれた。不特定多数との対話からすぐに人種差別や性差別を学習し、問題発言を連発し始めたからだ。
ハーモニー AI appの開発者もこうした問題を警戒しており、ユーザのプライバシーを学習する機能などがまだ制限されている。だがアビスクリエイションは数週に1度のペースでアップデートするとしており、いずれよりプライベートな学習能力も向上すると見られる。
ユーザの顔を目線で追う
実物のドール=ハーモニーは、モバイル端末上のハーモニー AI app=ユーザがカスタマイズした人格によって、頭部の駆動機構が制御される。まばたきや音声に合わせて口を動かすリップシンクはもちろん、眉をしかめたり微笑むことも可能。さらに両眼のカメラと顔認識システムにより、頭と目を動かしてユーザを目線で追うこともできるという。
アビスクリエイションCEO(最高経営責任者)のマット・マクマレン氏は、将来的に歩くセックスロボットの開発にも意欲を示している。だが彼が考えるセックスロボットにとって重要なのは「荷物を代わりに運んでくれる」ようなことでなく、何よりユーザとのコンパニオンシップだ。マクマレン氏は今年4月にテクノロジー系情報サイト「エンガジェット」のインタビューで、「人間は多くの時間を互いの首から上を見ることに費やしている」「体のほかのどこよりまず首から上の開発に着手するのが合理的だ」と語った。
セックスを拒むロボットをレイプ?
そのほか会話機能とセンサーを備えたラブドールとして、米トゥルーコンパニオンのロキシー(Roxxxy)もある。これはPC用にソフトウェア化された5種類のパーソナリティから1つを選び、ドールとともに購入する仕組み。価格は9,995ドルだ。
このうちフリジッド・ファラ(Frigid Farrah)と名づけられたパーソナリティは、ユーザの接触をセンサーで感知すると拒否するよう設計されている。つまり性行為を望まないドールを無理やり犯す=レイプ行為を、バーチャルな娯楽として提供するわけだ。
一部にはこうした製品がレイプ衝動を昇華させ性犯罪を抑止するという主張もあるが、あまり支持されていない。上述したFRRのレポートでもロキシーを例に挙げ、レイプの肯定を助長するため容認されるべきでないとした。
「ラブドール」と「セックスロボット」のこれから
シリコン樹脂製の高級ラブドール市場では、日本も21世紀以降大きな存在感を示している。しかしAIなどのテクノロジーを導入する動きは、今のところまだないようだ。
国内最大のメーカー・オリエント工業も今年7月、「ジャパンタイムズ」のインタビューでその試みを否定している。テクノロジー導入よりもユーザのために価格を抑えるべきとしつつ、「我々のドールはロボットではない」「我々の目的はよりよいドールを作ることだ」と語った。
伝統的なラブドールをめぐるマニアの文化とその需要は、今後も一定の支持者を集め続けるだろう。だが一方で進化し続けるテクノロジーは、来るべきセックスロボットに対する人々の好奇心をますますかき立てている。
(文=高月靖/ジャーナリスト)