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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

アップルカーが既存の自動車メーカーを駆逐する当然の理由…最大の武器は台湾TSMCだ

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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「Apple CarPlay」のサイトより

車載半導体の視点から考えた自動運転EV

 2021年に入った途端に、世界的に車載半導体の供給不足が発覚した。それと同時期に、iPhoneで有名なIT企業のアップルが開発中の自動運転EV(電気自動車)「アップルカー」をどこが製造するかという報道が過熱してきた。

 筆者の専門は半導体産業であるため、当初は車載半導体の供給不足について、調査、分析、考察を行い、いくつかの記事を書いた。最新の記事は、4月21日にEE Times Japanに寄稿した『半導体不足は「ジャストインタイム」が生んだ弊害、TSMCが急所を握る自動運転車』である。

 この間、自動車メーカーと車載半導体について、多くの人たちの意見を聞き、また多くのことを考えた。そしてたどり着いた結論は、現在世間(の一部)を騒がせている「アップルカー」が既存のクルマ産業を駆逐してしまうかもしれないということである。

 本稿では、まず今年に入って「アップルカーは、どこがつくるのか?」という報道が過熱したことを振り返る。次に、2014年から「プロジェクト・タイタン」というコードネームで開発が始まった「アップルカー」のストロングポイントを明らかにする。その上で、「アップルカー」の最強の武器について論じたい。その武器は、既存の自動車産業を破壊するほどの威力を持つと考えている。

アップルカーは、どこがつくるのか?

 ブルームバーグが2021年1月8日、アップルカーを韓国の自動車メーカー、現代自動車(ヒュンダイ)が製造することについて両社が協議中であると報じたアップルと現代がアップルカーの製造を米国で2024年から開始することで合意する見通しのようだとロイターが1月10日に伝えた。

 iPhoneHacksが1月11日、アップルがアップルカーの製造について、メルセデスベンツ、フォルクスワーゲン、ホンダ、フォード、ジャガーランドローバー、吉利汽車とも交渉中であると報じた

 日本経済新聞は2月4日、アップルが日本の自動車メーカー6社に製造を持ち掛けていることを報じた。デイリー・テレグラフは2月9日、英国議員がアップルに、「アップルカーを英国内で製造するように要請した」と報じた

 ブルームバーグが2月11日、アップルカーの製造を請け負うのは、iPhoneの組立を行っているフォックスコン、カナダで自動車のOEM生産を行っているマグナ、最初に名前が挙がった現代グループの起亜自動車、日産自動車、欧州のステランティスの5社が有力候補であると報じている

 そして、コリアタイムスが4月14日、アップルカーについて、韓国のLGとマグナとの合弁会社が製造を請け負う契約が成立目前であると報じている

 このように、アップルカーについては情報が錯綜しており、一体、どこで誰がつくるのかは、今のところ明確ではない。しかし、一つだけ明らかなのは、アップルはiPhoneと同様に、自社で行うのは設計だけであり、製造は委託するということである。

アップルカーのストロングポイント

 アップルは2014年に、自動運転EVの開発を行う「プロジェクト・タイタン」を立ち上げ、そのプロジェクトは今年2021年に7年目に入った。そのリーダーは、アップルのパソコンMacのハードウェアの責任者を務めた後に約5年間のEVで先行する米テスラでの勤務を経て、2019年にアップルに戻ったダグ・フィールド氏だった。

 ところが、アップルが2018年にグーグルの機械学習と検索部門のトップだったジョン・ジャナンドレア氏をスカウトし、2020年12月8日に同氏がプロジェクト・タイタンの新リーダーとなった。そのリーダーのもとで、アップルカーの開発に関わる技術者が約5000人在籍している模様である。プロジェクト・タイタンの経緯を筆者がたどってみたところ、そのストロングポイントは、以下の3点に集約されることがわかった。

1)iPhoneで稼いだキャッシュがうなるほどある。

2)豊富なキャッシュをもとに、優れたタレントを片っ端からスカウトし、ベンチャーを買収している。

3)アップル本社のすぐ近くにテスラがあり、そのテスラが人材供給センターとなっている。

 豊富な資金があるということは凄まじい。アップルは、資金に任せて、人でも技術でも企業でも、買いたい放題である。それはもう、えげつないほどである。特にアップルのすぐ近くにあるテスラからは1000人以上(2000人くらい?)の技術者を引き抜いており、テスラのイーロン・マスクCEOは、「アップルは元テスラ社員の墓場だ」と皮肉を言っているほどだ。

 豊富なキャッシュは間違いなく、アップルの第1のストロングポイントである。しかし、それを超える「最強の武器」をアップルは持っている。それを説明する前に、既存の自動車メーカーが、アップルカーをどう見ているかを示しておこう。

アップルは脅威ではない

 ロイターは2021年2月14日、フォルクスワーゲン(VW)のヘルベルト・ディースCEOが、アップルの自動車業界参入について「恐れてはいない」と強気のコメントを述べたことを報じた。同氏は「自動車業界は典型的なテック産業とは異なり、一打ちで席巻することは不可能」とまで言い切っている

 また2021年3月8日、BMWのニコラス・ペーターCFOはブルームバーグのインタビューで、「競争は素晴らしいことです。それは人のやる気を引き出すのに役立ちます」と言う一方、「(BMWは業界で)非常に強力な立場」にあるため、アップルが自動車市場に参入するとしても「私はとても安らかに眠ることができる」と発言している

 さらにその3日後の3月11日、アップルカーに対して、トヨタ自動車の豊田章男社長が、「完成車事業に参入することは、単純に自動車を作る技術だけを必要とするのではない。そのように作った車を顧客たちに販売するためには、よりするべきことがあるということを知るべきだ」と警告し、「アップルカーは作れるが、40年は準備せねば(ならない)」とクギを刺したことが報じられた。つまり、豊田社長は、「アップルにクルマビジネスは40年早い」と言いたいのだろう。

 以上のように、既存の自動車メーカーは、「アップルカーは脅威ではない」と発言し、「IT企業ごときに自動車ビジネスができるものか、40年早い」と見下しているのである。

 しかし、筆者の見方は違う。既存の自動車メーカーこそ、上記のような傲慢な態度をとっていると、やがて痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。

車載半導体の供給不足で明らかになったこと

 2021年に入って車載半導体不足が発覚したが、そこで明らかになったのは次の通りである。ドイツのインフィニオン、オランダのNXP、日本のルネサスエレクトロニクスなどの車載半導体メーカーは、40nm以降の先端プロセスをすべて台湾TSMCに生産委託している(図1)。

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 TSMCの出荷額において、車載半導体が占める割合はコロナの影響を受ける前の2020年第2四半期でたったの4%しかない(図2A)。それが同年第3四半期に2%に半減している。これが、クルマの減産を受けて、クルマメーカーのジャストインタイムの生産方式のために、インフィニオン、NXP、ルネサスなどがTSMCに車載半導体をキャンセルした影響である。そして、同年第4四半期に3%まで回復したが、あと1%が足りない。

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 これを車載半導体の出荷額で見てみよう(図2B)。コロナ前の2020年第2四半期の出荷額は4.15億ドルで、これが第3四半期に2.43億ドルに落ち込み、第4四半期に3.8億ドルまで回復した。しかし、コロナ前に比べると、3500万ドル足りない。

 TSMCの半導体出荷額の割合において、たった1%、出荷金額にして3500万ドル足りないだけで、2021年1月24日に日米独の各国政府が台湾政府に車載半導体の増産を要請する異常事態になった。その後、各国政府の要請に応えて、TSMCは2021年第1四半期にコロナ前の水準の4%に戻している(本当はやりたくなかったのではないか?)。

 要するに、クルマ生産に必要な車載半導体はTSMCがボトルネックになっており、クルマメーカーの生殺与奪権はTSMCが握っているというわけだ。ところが、そのTSMCが一切逆らえない企業がある。それはどこか?

TSMCを支配しているのはアップル

 冒頭で拙著EE Times Japanの記事を紹介したが、その文章の中で、TSMCについて以下のように書いた。

「10年位前の微細化は、欧州のアウトバーンを時速200kmでぶっ飛ばしているような感じだった。その後、微細化がスローダウンしてきたのは事実だが、それでもTSMCは田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばしていて、そのあぜ道の幅が年々狭くなってきており、ちょっと運転を間違えると田んぼに転落してしまうほど危うい。しかし、依然として時速100kmでぶっ飛ばし続けている」

 実は、ファウンドリーのTSMCには、ロードマップがない(意思がないと言っても良いかも知れない)。TSMCは、あくまで受託生産の半導体メーカーであるから、TSMCに委託する半導体設計会社(ファブレス)の言う通りに生産しているだけである。

 では、TSMCに「田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばさせている」のは誰かというと、それは、アップルである。TSMCは、「一見不可能とも思えるような微細化」をアップルから要求されて、必死になってそれに応えているわけである。

 それはなぜか?

アップル対自動車メーカー

 図3に、TSMCの売上高に占める企業別の割合を示す。TSMCにとっては、売上高の25%以上を占めるアップルが最大のカスタマーである。したがって、アップルがTSMCに鞭打って「田んぼのあぜ道を時速100kmでぶっ飛ばさせている」のである。

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 ここで、TSMCの売上高において、アップルと既存の自動車メーカーの比較を行ってみよう。TSMCの2020年第4四半期の決算報告書によれば、TSMCの2020年通期の売上高は451.1億ドル(約5兆円)だった(図4)。すると、TSMCにおけるアップルの売上高は5兆円×25%=1兆円以上ということになる。

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 一方、車載半導体はどうか。TSMCにおいて、すべての車載半導体の売上高比率は4%しかない。ここに世界中のクルマメーカーが群がっているわけである。世界に自動車メーカーが何社あるのかを筆者は詳しくは知らない。ネットで調べてみるとピンからキリまで200社以上ありそうだ。規模が大きいところは、販売台数ベスト20に名を連ねている。

 仮にこのベスト20社の自動車メーカーがTSMCに車載半導体の生産を委託しているとすると、1社あたり0.2%、5兆円×4%÷20社=100億円ということになる。TSMCの売上高において、アップルが25%以上で1兆円以上。(20社と仮定した場合の)既存の自動車メーカーが1社あたり0.2%で100億円程度。TSMCがどちらを優先するかは、もはや議論の余地は無い。

 これがアップルの「最強の武器」である。アップルは、TSMCの最大の顧客であり、TSMCに最先端プロセスを開発させることができ、そのキャパシティをほぼ独占しているのである。

CASE時代のクルマメーカーの覇者は誰か

クルマ産業は100年に一度といわれる「CASE (Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)」の大変革期を迎えている。この中で、特に、“C”には5G通信半導体が、“A”には自動運転用の人工知能(AI)半導体が必要となる。

 そして、コネクテッドされた自動運転車をつくるには、現在のところTSMCの7nm~5nm最先端プロセスが必要不可欠である。インテルやサムスン電子が追随しようと努力はしているが、今のところ、最先端プロセスはTSMCの独壇場となっている。

 このTSMCの最先端プロセスの5nmを、アップルはすでに約80%予約したと報道されている(Wccftech、2020年12月21日)。さらに、今年リスク生産が始まり、来年2022年に本格量産が始まる3nmについても、アップルが半分近く押さえたという話が聞こえてくる。

 ところがアップルカーについて、VWのヘルベルト・ディースCEOは「恐れてはいない」と言い、BMWのニコラス・ペーターCFOは「私はとても安らかに眠ることができる」と発言し、トヨタの豊田社長は「40年早い」と言ったわけだ。VWもBMWもトヨタも随分能天気なことを言っているが、コネクテッドされた自動運転車をつくるには今のところTSMCに先端半導体をつくってもらうしか手段がなく、そのTSMCを実質的に支配しているのがアップルであるということをご存じないのだろうか?

 これが、「アップルカーが既存の自動車産業を破壊するかもしれない」と考える根拠である。CASE時代のクルマ産業の覇者は、少なくとも、VWでもBMWでもトヨタ自動車でもないだろう。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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