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日本の半導体・家電、世界トップから没落した原因の研究…自動車産業が二の舞を回避する方策

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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「Getty Images」より

 8月に入り、株式会社小糸製作所の株価が大きく下げる場面があった。その一因として、東南アジアでの感染再拡大によって自動車部品の供給が制約され、トヨタ自動車が9月の世界生産を4割減らすことは大きい。世界的な車載半導体の不足も重なり、生産を減らす自動車メーカーは多い。目先、小糸製作所の収益減少リスクは高まりやすい。

 その一方で、中長期的な世界経済の展開を考えると、各国の自動車需要は高まるだろう。「CASE(ネット空間との接続性、自動運転、シェアリング、電動化)」によって自動車の社会的な機能は大きく変わる。世界的な脱炭素への取り組みも、主要国経済の屋台骨である自動車産業全体の競争力に無視できない影響を与える。

 小糸製作所に求められることは、目先は固定費の削減を中心に事業運営の効率性を高めることだ。その上で、同社が、これまでの組織の行動様式にとらわれずに、より成長期待の高い分野に進出して高付加価値のモノづくりを実現することを期待したい。現在の同社の財務内容をもとに考えると、そうした取り組みを強化する体力があるはずだ。

現在の小糸製作所の事業環境

 現在の小糸製作所を取り巻く事業環境を概観すると、目先、収益環境の不安定感は高まりやすい。その一方で、少し長めの目線で考えると、事業環境の変化のスピードは、さらに加速していくだろう。

 年初来の世界経済の環境変化を時系列に確認すると、まず、世界的な半導体の不足が深刻化し、世界的に自動車の生産が計画通りに進まない状況が発生した。そうした中でも、日本の自動車メーカーは厳格な在庫管理によって生産計画を維持し、業績の回復を実現した。それは小糸製作所の収益にプラスの影響を与えた。2021年3月期、同社の決算は前年比で減収減益となったが、会社予想は上回った。ポイントは、同社の経営陣がどの程度の保守的な姿勢で収益を予想したかだ。

 4月頃から小糸製作所にとってマイナスの要因が徐々に増えている。まず、中国の新車販売台数の増加ペースが鈍り始めた。それに加えて、世界的な感染再拡大によって同社の海外生産拠点の稼働が一時停止されるなど、短期的に売上高の減少要因が増えている。特に、トヨタ自動車が9月の世界生産を4割減らすと発表したこともあり、小糸製作所の収益を慎重に考える主要投資家は増えている。当面の間、車載半導体の不足が続くとみられることも収益のリスク要因だ。

 その一方で、世界的な自動車の電動化が加速している。中国ではEVなど新エネルギー車の販売は増加傾向を維持している。米国でもEVなどの需要は拡大している。気候変動問題の深刻化などを背景に、ガソリンエンジンなどを搭載して走行時に排気ガスを排出する自動車から、排気ガスの少ない自動車やガスを排出しないゼロエミッション車へ需要は拡大する。

 このように考えると、時間軸を分けて小糸製作所に求められる取り組みが把握できる。短期的に求められることは、保守的な事業運営の姿勢よりも、事業運営の効率性の向上だ。その上で、中長期的な自動車の電動化をはじめとするCASEに対応した車載ランプの新しい機能の実現など、より高付加価値の(これまでにはない満足感のある)モノの創造が求められる。

打破すべき近視眼的損失回避の壁

 ただし、目先の収益懸念が高まり、中長期的には成長の加速につながる変化が見込める環境下、わたしたちは、えてして目先のリスクを過度に避けようとする。そうした心理の働きを近視眼的損失回避という。重要なのは、長期の成長を実現するためにリスクを適正に評価して事業運営の体制強化を進め、とるべきリスクをしっかりととることだ。

 近視眼的損失回避の心理に言及するには、それなりの理由がある。それは、日本経済全体で見た場合、目先の守りを過度に重視し、結果として中長期的な世界経済の環境変化への対応が遅れた企業が多いからだ。

 1990年代初頭に、日本では資産バブルが崩壊した。その後、資産価格の急速な下落と景気の減速によって、多くの企業が保守的な事業運営を重視した。その一方で、世界経済は急速かつ大規模に変化し始めた。特に、ユニット組み立て型によるデジタル家電の生産体制が確立されたインパクトは日本経済にとって決定的だった。

 米国ではマイクロソフトなどがソフトウェア開発に注力して資本の効率性を高め、ウィンドウズOSなどのヒット商品を世界に送り出した。台湾や中国の企業は資本蓄積を進めて米国企業が設計・開発したデジタル家電などの受託生産や、半導体生産の能力を高めて急成長した。

 その状況下、日本企業は垂直統合のビジネスモデルに固執した。その結果、一時は世界のトップシェアを確保した半導体や家電の競争力は低下し、経済全体でリスクテイクを過度に恐れる心理が強まった。それが、既存分野から成長期待の高い最先端分野へのヒト・モノ・カネの再配分が難しかった原因だ。人口減少などの影響も加わり、日本経済全体が縮小均衡に向かっている。

 重要なことは、すべての人間に近視眼的損失回避の心理があることをしっかりと認識し、その影響が強くなりすぎないようにすることだ。小糸製作所のケースに当てはめて考えると、固定費の削減による損益分岐点の引き下げの強化などによって、安定的に収益が確保できる体制を整える意義は一段と高まっている。

重要性高まる自動車関連の先端分野事業の強化

 短期の収益性向上への取り組みとともに、小糸製作所は、中長期的に成長期待の高い事業領域への進出を強化しなければならない。うがった見方をすれば、現在の世界経済の環境は、小糸製作所がさらなる成長を目指す好機だ。

 自動車産業におけるCASEへの取り組みは加速する。それにより、自動車に用いられるランプの役割は変わる。具体的には、ランプにはセンサーが搭載されて自動車の周囲の環境をデータとして収集し、それをネット空間に送信して他のITデバイスや自動車と共有する機能が加わるだろう。さらには、街灯にもセンサーが搭載されて車の走行状況などが把握、共有されていくだろう。近年、小糸製作所はイスラエルや米国の運転支援システムの開発を行うIT新興企業への出資を増やしているが、そうした取り組みはさらに強化されるとよい。

 自動車産業に関する政策も大きく変わる。特に、欧州ではライフ・サイクル・アセスメント(LCA)や炭素の国境調整の導入が目指されている。LCAによって、原材料の調達、生産、使用、廃棄まで製品の寿命全体で排出された二酸化炭素の量の多寡によって自動車は評価されるようになる。そうした展開を見据え、独ボッシュは電力会社と提携して太陽光電力の調達を強化している。小糸製作所にとってもLCAなどへの対応は急務だ。

 小糸製作所は、CASEと脱炭素の両方への取り組みを強化しなければならない。それが同社の中長期的な成長に不可欠だ。反対に、そうした最先端分野への取り組みが遅れると、短い期間で想定外に企業が競争力を失う恐れもある。

 口で言うほど容易なことではないが、小糸製作所が最先端分野での取り組みを強化することは可能だろう。そう考える大きな要因は、自己資本比率の上昇にある。小糸製作所はコロナ禍の中にあっても自己資本比率を引き上げてきた。その強みを活かして、同社は研究開発体制を強化したり、内外の企業とのアライアンスや買収、出資戦略を強化したりすべき時を迎えているように見える。同じことは他の日本企業にも当てはまる。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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