ビジネスジャーナル > 企業ニュース > 日本経済、“幸運”の終焉
NEW
「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

日本経済、“幸運”の終焉…米中分断で最も打撃を受ける日本、危機的状況との認識が希薄

文=加谷珪一/経済評論家
日本経済、“幸運”の終焉…米中分断で最も打撃を受ける日本、危機的状況との認識が希薄の画像1
米ホワイトハウスのHPより

 ニクソン米大統領の電撃訪中から半世紀が経過しようとしている。ニクソン訪中以降、米国は中国を西側に取り込む形で牽制する外交戦略を基本としてきたが、米中対立の激化によって、50年にわたる従来型対中政策は終わりを告げようとしている。

 トランプ政権以降、米中経済の分離(デカップリング)が進んでおり、近い将来、国際社会は米国・欧州・中国を中心とした保護主義的なブロック経済に移行する可能性が高まっている。日本は米中接近による自由貿易体制の利益を最大限享受してきた国であり、もしブロック経済体制への移行が本物であれば、輸出産業を中心に深刻な打撃を受けるはずだが、日本国内の危機感は薄い。

バイデン政権もトランプ政権の通商政策を継承

 トランプ政権は中国からの輸入に対して高関税をかけるという、事実上の貿易戦争を行い、中国の対米輸出は大幅に減少した。2020年はコロナ危機の影響もあったが、ピーク時と比較すると米国における中国からの輸入は2割も減っている。もっともシンガポールや台湾、香港、ベトナムからの輸入は増えたので、中国が第三国経由で迂回輸出をしている可能性は否定できない。しかしながら、新しく政権の座についたバイデン大統領は、貿易戦争を継続しており、中国との貿易が以前の状況に戻る可能性は低くなっている。

 それだけではない。バイデン政権はむしろ保護主義的な通商政策を強化する動きすら見せているのだが、その理由は国内産業と労働者の保護である。

 バイデン大統領は就任するとすぐに、米国の政府調達において自国製品を優先するバイ・アメリカン政策の運用強化を指示する大統領令に署名している。バイデン政権は同時に、強力な脱炭素政策を進めており、2030年には新車販売における電動車比率を50%に引き上げる方針も打ち出した。加えて、脱炭素が遅れている国からの輸入に事実上の関税をかける国境炭素税の導入まで検討中だ。

 一連の政策には、国内産業と労働者の保護という目的があり、保護主義的な色彩が極めて強い。バイデン政権が示した電動車両の中にはハイブリッド(HV)は含まれていないので、これは事実上のトヨタ締め出しにつながるし、工業製品を大量に輸出しているのは中国と日本なので、国境炭素税のターゲットとなるのは中国と日本である可能性が濃厚である。

 もちろんバイデン政権の最大のターゲットは中国だが、米国への輸出で儲けてきたという点では日本も中国も同じである。同盟国だからといって日本だけが特別扱いされる可能性は低いと考えたほうがよいだろう。中国を敵視する政策に舵を切った結果、中国と同じような収益構造を持つ日本にも影響が及ぶという図式である。

日本人は米国に対して恐ろしいほど攻撃的だった

 戦後の日本経済は、旺盛な米国の個人消費と、市場はオープンであるべきという米国人の理念に支えられてきたといっても過言ではない。日本メーカーは欧米企業の製品を模倣し、より安く品質の高い製品を大量生産し、怒濤の輸出攻勢をかけた。1980年代には日本製品が世界を席巻することになり、その結果、多くの米国メーカーが倒産。米国社会は失業者であふれることになった。

 日本メーカーの輸出攻勢があまりにも激しかったことから、米国社会の一部では日本に対する憎悪が発生したが、それに対する日本側の反応は驚くほど冷淡だった。当時の日本の世論を振り返ると「高品質で安い製品を輸出して何が悪い」「競争力のない企業が倒産して労働者が路頭に迷うのは当たり前だ」「努力しないほうが悪い」といった論調がほとんどであり、日本製品の台頭で失業した米国人労働者に配慮する風潮はほぼゼロだったといってよい。

 当時、自民党の国会議員だった石原慎太郎元東京都知事は、1989年に出版したベストセラー『「NO」と言える日本』(共著)において「日本が半導体をソ連に売ってアメリカに売らないと言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと予想を変えてしまう」と、半ば脅迫とも取れるような挑発的発言まで行っている。

 徹底的な自由競争と弱肉強食というのは、ひとつの価値観なので、もし日本社会の総意がそうであるならば、国是とするのも良いだろう。だが、徹底的な競争と弱肉強食を標榜するのであれば、当然のことながら相手も同じスタンスで臨んでくることを前提にしなければならないが、日本側にその認識があったのかは疑わしい。

 日米通商交渉では、米国は日本の輸出を認める代わりに農業分野を中心に国内市場の開放を求めてきたが、日本社会は、米国の要求は不当であり、日本は大国からいじめられる被害者だと認識していた(つまり日本は米国に自由に輸出できるが、米国が日本に自由に輸出できないのは当然と考えていた)。当時の日本における対米輸出の進め方は、日本と同様、米国への輸出で経済を成り立たせてきたドイツから見ても異様に映っていたのが現実である。

 日米貿易摩擦が政治的に問題視され始めた1980年代前半、ドイツ人ジャーナリストで『孤立する大国ニッポン』の著者でもあるゲルハルト・ダンプマン氏は、ビジネス誌とのインビューにおいて「日本の政治指導者は自らの立場について(相手国に対して)積極的に説明(中略)することが余りにも少ない」と指摘している。

 米国とドイツは文化が異なるとはいえ、ドイツ系移民も多く、日米と比較して米独はそもそも誤解が生じにくい環境にある。だがドイツは、大量の工業製品を米国に一方的に輸出すれば米国人の感情を逆なでする可能性があることを十分に理解しており、国全体として米国との対話を重視してきた。そうしたドイツから見ると、一方的に輸出攻勢をかけ、対話を拒否する日本は奇異に映ったに違いない。

 ちなみに同氏は、日本人は農耕民族で大人しいという通説を完全否定しており「日本人は欧米人以上に積極的、攻撃的になれることを自ら十分に立証している」と述べている。

幸運は永久には続かない

 それでも米国人にとっては、市場を閉じることによりも、自由貿易の堅持が重要であり、日本はそのおかげで米国市場に対して継続的に製品を輸出できた。米国側は、日本のやり方についてアンフェアであると認識はしていたが、日本市場はそれほど大きくないので、日本側が関税維持を強く求めるコメなどの主要品目について、過度な市場開放要求を行うことはなかった。

 日本が弱肉強食の論理を前面に押し出し、米国に輸出攻勢をかけることができたのは、米国社会が自由貿易を重視する風潮であったことや、米国にとって日本市場がそれほど重要ではなかったことなど、いくつかの偶然が作用しており、本来であれば、この論理は通用しなかった可能性が高い。

 中国向けの輸出も同様であり、米国が大量の中国製品を輸入しているからこそ、中国メーカーは日本の部品や製造装置を必要としてきた。日本にとってはまさに幸運であり、日本は米国が戦後作り上げた自由貿易体制を最大限享受してきたといってよいだろう。

 だが、こうした幸運は永久には続かない。日本の輸出を支えた米国の自由貿易主義は、米中分断をきっかけに、とうとう終わりを告げようとしている。以前とは異なり中国も経済水準を上げており、一部の製品については米国と同様、自国製品を優先することを国是にし始めた。

 もちろん両国の輸入が急に減少するとは考えにくいが、もしブロック経済の流れが本物であれば、両大国の輸入は確実に減っていく。そして、日本経済はその影響をモロに受けてしまうだろう。

 世界経済のブロック化が進展した場合、日本企業は米国や中国において現地法人化を進め、現地企業として活動しなければビジネスを継続することが難しくなる。その場合、企業としては存続できるものの、国内の雇用は失われてしまう。また現地での開発や生産が続けば、技術の多くは相手国(特に中国)に盗まれ、やがて相手国の国内企業がライバルとして台頭することは容易に想像できる。

 こうした事態を回避するためには、輸出ではなく国内の消費市場で経済を回す消費主導型経済への転換が必要となるが、日本社会の抵抗はかなり大きいだろう。

 筆者は新しく始まった国際社会の流れを考えた場合、製造業からの脱却と、ITを活用した消費主導型経済へのシフトが必須と考えているが、国内での議論を見ていると、日本経済が岐路に立たされているという認識そのものが希薄と言わざるを得ない。どう対応するのかという議論以前の問題であり、その点においては、日本は極めて危機的な状況にある。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

日本経済、“幸運”の終焉…米中分断で最も打撃を受ける日本、危機的状況との認識が希薄のページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!