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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

世界の常識=「人材の再教育」をしない日本…経済成長の致命的な障害、諸外国との差拡大

文=加谷珪一/経済評論家
世界の常識=「人材の再教育」をしない日本…経済成長の致命的な障害、諸外国との差拡大の画像1
「Getty Images」より

 ワクチン接種が進む先進各国では、コロナ後を見据えた先行投資が活発になっている。コロナ後の社会においては、デジタル化が一気に進む可能性が高く、新時代に対応できる人材育成が成長のカギを握る。ワクチン接種が遅れている日本はそれどころではないかもしれないが、ビジネスパーソンに対する再教育投資は待ったなしの状況だ。

コロナ危機が社会のデジタル化を一気に前倒し

 コロナ危機の発生にかかわらず、今後、社会のデジタル化が進むことは既定路線だった。だが10~15年の期間が必要と思われていたデジタル・シフトは、コロナ危機によって一気に5~7年というタームに短縮されてしまった。各企業はデジタル化投資を前倒ししており、今後は業務のAI(人工知能)化や非接触化(あるいは人の移動を伴わない商取引)が一気に進むと予想されている。

 ビジネスのデジタル化や非接触化が進んだ場合、同じ取引をより少ない人数で実施できるようになるので、組織のスリム化が進むのは必至である。余剰となった人材は、新しいサービスに従事することになるので、当初は混乱が生じるかもしれないが、経済全体のパイを増やす効果をもたらすだろう。

 だが、こうしたデジタル・シフトをスムーズに経済成長につなげるためには、新しいサービスに従事する労働者が新しいスキルを身につける必要がある。人材のシフトがうまくいかないと、労働市場において需給のミスマッチが生じ、ニーズがあるにもかかわらず製品やサービスを提供できないといった事態に陥ってしまう。

 そこで重要となってくるのが人材の再教育である。

 現代社会は技術の進歩が速いので、若い時に身に付けた知識やスキルが一生涯通用するとは限らない。基本的なスキルは不変だとしても、時代に合わせたブラッシュアップを実施しなければ、現場では使いものにならなくなる。

 例えば営業活動そのものは、ビジネスがデジタル化しようがAIが普及しようが、存在し続けることは確実である。だがデジタル時代の営業活動において重要なのは、足繁く相手を訪問するという物理的な行動ではなく、どうすれば成約につなげられるのかというノウハウを体系化し、それをシステム化するスキルである。

 システムそのものはエンジニアが構築するにしても、営業活動のノウハウを体系化するという作業は営業の経験者にしかできないことである。業務の自動化が進めば、同じ業務をより少ない人数で実施できるので、余剰となった人材は新規ビジネスの開拓に配置されることになる。新規ビジネスの営業は、すでにパターンが出来上がっているルート営業と比較すると難易度が高く、より本質的な営業力が求められる。

 つまり社会のデジタル化というのは、業務が消滅するのではなく、業務の質が変わるという話なので、一連の変化に対応できるよう人材の再教育が必要となるのだ。

日本は社員を教育しない国になっている

 この点において、日本は諸外国との比較でかなり不利な状況にある。OECDの調査によると、25歳以上の人が教育機関で学ぶ割合は日本人は2.5%しかなく、スイスなどトップクラスの国と比較すると10分の1以下となっている。OECDの平均値は16.6%なので、平均値として比べても著しく低い。

 日本は社内教育が充実しているという主張もあるが、それは昭和時代の古い話であって、近年の日本企業は諸外国と比較して社員教育にほとんど資金を投じていない。

 しかも日本は年金財政が極度に悪化していることから、政府は企業に対して70歳までの継続雇用を求めている。2021年4月に施行された、改正高齢者雇用安定法では70歳までの就業機会の確保が努力義務になった。あくまで「雇用」ではなく「就業機会の確保」であり、現時点では「努力義務」に過ぎないが、大手企業にとっては、事実上の生涯雇用の義務化といってよい。

 同じ会社で70歳まで働き続け、しかも社内における教育が充実していないという状況では、今後、新しい時代に対応できない大量の労働者を生み出す可能性があり、これは極めて大きなマイナス要因となり得る。

 政府も労働者のスキル問題については認識しており、2021年6月に政府が提示した、経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太の方針)にも、「年代・目的に応じた効果的な人材育成に向け、リカレント教育を抜本的に強化する」「企業を通じた支援のみならず個人への直接給付も十分に活用されるよう、教育訓練給付の効果検証により、その活用を推進する」という文言が盛り込まれた。

 同時に政府は、雇用保険に入っていない人向けの「求職者支援訓練」の受講者を倍増させる方針も打ち出している。求職者支援訓練は求職者支援制度に基づく職業訓練で、月10万円の手当てをもらいながら無料で職業訓練を受けられる制度である。月収8万円以下だった給付要件を緩和し、月収12万円以下とすることで、より多くの人がこの制度を利用できるようになる。

人材投資は経済成長のエンジンという認識が必要

 このほか、中長期的なキャリア形成を支援するための教育訓練給付金や公共職業訓練など、いくつかの制度が存在しているが、十分に活用されているとはいいがたい。

 日本では労働者の教育は補助的な政策という認識が強く、再教育そのものが経済成長のエンジンになるという意識が乏しい。だがイノベーションの進展が激しい現代社会においては、労働者のスキル不足というのは経済成長における致命的なボトルネックとなり得る。

 実際、人材の再教育が盛んな国ほど労働生産性が高いという傾向が顕著となっており、日本における再教育の貧弱さが近年の低成長の原因となっている可能性は高い。人材への投資というのは、従来の経済における公共事業に等しい効果を持つものであり、財政出動の主力として位置付けてもよいくらいのテーマといってよい。

 日本はワクチン接種で出遅れるという致命的な状況となっており、現実問題として欧米各国と同じペースで経済活動を再開することはできない。この現実を変えることは不可能だが、コロナ危機の最中であっても、労働者への再教育は実施できる。というよりも、今、労働者への再教育を実施しなければ、経済活動再開後にこれが大きなボトルネックとなり、諸外国との差がさらに拡大しかねないというのが現実である。

 ちなみに日本企業には、会社に雇用されているものの、事実上、仕事がないという、いわゆる社内失業者が400万人いるとの調査結果もある。仮にこの400万人が新しい業務に従事し、平均的な賃金を得ることができた場合、単純計算で1兆6000億円ものGDP(国内総生産)押し上げ効果を持つ。しかも、需要が増えた分、企業は関連する設備投資を増やすので、長期的にはそれ以上の効果をもたらすだろう。

 国内では、デフレ脱却など金融政策を実施すれば、それだけで経済成長ができる、あるいは従来型の財政出動を強化すれば経済成長できるといった安易な考え方がまん延しているが、金融政策や財政政策は経済活動を側面支援する効果しか持たない。

 経済成長を最終的に決定づけるのは生産性の向上であり、生産性向上と人材のスキルは密接な関係がある。こうした根本的な部分を無視したままでは、いつまで経っても持続的な成長を実現することは不可能だろう。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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